幸せのカタチ 最終話 / 十と不思議の扉
ハッピーウェディング
穏やかな風。風に揺れる草花。静かに水が流れる音。
青色喫茶Ozの裏手、背の高いビルの隙間には小さな庭園がある。
都会の喧噪からほんの少しだけ離れたような気分になれるその場所に、姫は腰掛けていた。
腰をさすり、その横にはこの世界ではなかなか見られないであろう立派な甲冑が置かれている。
「いててて…もっと早く脱げばよかった…はあ」
「お疲れ様ですね」
声をかけられ振り返ると、そこにいたのは青木だ。
「ああ…ごめんなさい、お店にも迷惑かけちゃったわよね」
「いいえ。それより外は冷えるでしょ。よかったらどうぞ」
青木の手から渡されてたのは、生クリームとシナモンパウダーが乗った熱々のコーヒーだった。
「ありがとう。…美味しい」
「よかった。『アイリッシュタイム』っていって、普段は音楽イベントの時にしか出さないメニューなんですけどね。…ところでどうです?」
「どうって?」
「ウロさんとのお話。決着つきそうですか?」
「…さあねえ?」
「姫も迷ってるんですか?」
「…いいえ。だって。しょうがないもの」
「…しょうがない」
「そう。しょうがないの」
青木はこの言葉の意味を、正しく理解したのか、苦笑いを浮かべていた。
「ねえ、行かないの?」
【北楯さくら】がウロに声をかける。
「う、うん…いや。行く。行くよ」
ウロは、姫がいる庭園の入口、ビルの影から姫と青木の様子を見ていた。
「ほーら、やっぱりそんな意気地ないんだったら、やめた方がいいのよっ!」
「う”っ…」
容赦ない言葉を浴びせてくる【白井花】に、ウロは何も言い返せない。
「なんじゃ、行かんのか?え?行かんの?」
「そうだぞ、べつにあんたの好きにしていいんだから…ってだからなんで王様までついてきてんだよ!?!?」
「だって…娘がプロポーズされるって聞いて放っておけないし…」
【新原修司】と、心配でついてきた姫の父、すなわち国王がコントをはじめたのを横目に、【佐波里玄盛】は戸惑うウロの肩を叩く。
「いいか、最終的に決めるのはお姫様だ。だけど、あんたがどういう想いを持ってるのか、それはちゃんと伝えて話し合った上で決めてもらうんだぞ」
「う、うん…」
ウロは大きく深呼吸をした。…そして、前を見て、下をみて、鍵の開いた箱をみて、目を閉じ、また深呼吸。
上を向いて、ため息。その場で一回転して、ため息…
「わん、わん!!わうぅうう~~ん!!」
その時。
十がウロの横で大きな声で鳴いた。全員の「いやはよ行かんかい!」を代弁したことはそこにいる全員が理解した。
十はウロが手に持った箱を奪い取り、姫の元へ飛び出す。
「あ、ああ!ちょっと!!待ってちょっと待って!!!」
反射的に飛び出してしまったウロと姫の目が合う。
「あ」
「あ」
「わう~う~」
青木は静かに頭を下げ、十を引きはがして庭園を出て行った。
「それで?その後どうなったんですか??」
平野は喫茶のソファ席に腰掛けながら青木に尋ねる。
「僕も最後まで見届けたかったなあ~。結局あの後本格的に風邪ひいちゃって」
「ははは、熱、下がったみたいでよかったです。そうですね、遠巻きだったんで私はっきりと聞いてはいないんですけど…」
ウロは作った箱を手に、緊張しながらも、真剣に姫に何かを伝えたということ。
姫の表情は複雑なものだったこと。
だけどその箱はそのまま受け取ったこと。
その後、国王も混ざって3人で少し話したこと。
国王から隣国に向けた手紙を届けるよう、その場に居合わせた【にーと】が依頼を受けたこと。
青木は、起きた出来事をそのまま平野に伝えた。
「ん?え??それって?プロポーズは成功したってことですか??」
平野の困惑した声に、青木は笑いながらキッチンに入った。
青木は「その後」についても一人思い返す。
関わったみんなが各々の世界に帰っていき、一件落着となった翌日。十店長の散歩中、排泄したものの中に「鍵」が混ざっていたこと。その鍵はあの箱のものに合致するサイズであったこと。
(…十店長がどうしてあそこまで必死だったのかがよくわかりました)
思いっきりしかりつけた青木に十店長は「もうこりごりだ」と言わんばかりの困り顔だった。
(…このことは、私と店長の心の鍵の中にしまっておきましょうね。)
青木はキッチンの中で盛大なため息をついたのである。
「お待たせしました、アイリッシュタイムです」
「ありがとうございます。これ、イベント限定ドリンクなんですよね?」
「はい、今日この後月一の音楽イベントなんです。よかったら聴いてってくださいね。ミュージシャンの方、オリジナル曲を歌う事が多いんですけど、お祝い事なんかが周りであるとお祝ソングをやったりすることもあるんですよ」
その夜。青色喫茶Ozでは一曲のウェディングソングが演奏された。
音楽と「おめでとう」の声に包まれる喫茶の中で、青木は物思いにふける。
「これで…きっとよかったんですよね。本人達が、そう決めたんですし。」
どうかお幸せに。
その言葉は、歓声と拍手の中に掻き消えていった。
担当:AGATA
――Ozの世界へようこそ。
あなたの一言で、Ozの世界は変わってゆきます。今はお休み中ですが、またいつかお会いしましょう。
新しい未来を見たければ、またここを……おや?

2025年2月情報公開
「いやぁ…これじゃダメだな。こんなんじゃ納得されない」
薄暗い書斎で作家は頭を掻きむしった。
書き上げて読み直してみると、なんだ。世界観が自由度高すぎて整合性どころの話じゃあないぞこれ。甲冑着た着ぐるみの姫ってなんだよ。Vの世界がそもそもメタ的なものなのに、じゃあここで出てくるのは何、中身どうなってんだ。
挙げ句結論は読者のご想像にお任せしますって、ちょっとこれは作家としては責任放棄しすぎだろ。
読み直す程に不安ばかりが募る。
作家はしばらく考え込んだあと、首を振り、今書き上げたばかりのページを破り捨てた。
「あぁ、また書き直しだ。私の意志をすぐにはみ出してくるんだから。こいつらは」
大きなため息をつく。
脇に置かれたワッフルを口に放り込み、クリームの乗った熱いコーヒーを流し込む。
「…飲み食いしながらはやっぱりよくなかったな。よし!仕切り直そう」
そう自分に言い聞かせて、作家は机に向き直った。
