青空まであと一歩 第二話 / 叶探偵事件file
いずれ暗雲が訪れる
色とりどりの傘が行き交い、景色を飾り立てている。
そんな中、商店街を彩る通行人の隙間をすり抜けて、帽子を目深に被った青年が駆けていった。不意の雨に降られたのか、慌てた様子で路地裏のビルへと飛び込む。
スーツに滴る雨粒を軽く手で払いのけて、叶探偵は青色喫茶Ozへと続く扉を開いた。軽やかな鈴の音が鳴り、来店者の存在を告げる。
店に入ると、青木がカウンターの奥から「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。ひらりと手を振って挨拶に代え、叶探偵は奥のテーブル席へと向かう。その背中に、青木が軽い調子で声を投げた。
「すれ違いでしたね。ちょっと前まで、【中村善次郎】さんが来てましたよ。遥ちゃんのことを気にしてるみたいでしたけど」
「ナカムラ……ああ、臨時助手君か。熱心な人が集まってくれて助かるよ」
小さく息を零して椅子に座ると、青木が分厚い紙束を持ってきた。温かいコーヒーを添えて手渡されたのは、臨時の探偵助手として協力してくれた者達の捜査報告だ。早速目を通そうとしたところで、書類の隙間から領収書が落ちた。拾い上げ、品目を見て眉根を寄せる。
「……ペット用品?」
「それ、【白崎羅々】さんから経費で落ちますかって聞かれたんですよね。猫を呼び寄せるためにちゅーるを買ったからって」
「……接待交際費で落とせるかな」
「かなり厳しいと思いますけど……」
猫の気を引くための方策として、餌を使うのは間違いではないだろう。報告書を読み進める限り、遥の自宅近くで聞き込みをしてくれた者達は、重要な情報を持ち帰ってくれたようだ。
報告書の文面を読み進めていく途中、叶探偵は不意に眉根を寄せた。数秒逡巡した後、カウンターの奥で作業していた青木へと声をかける。
「まさか君達にまで聞き込みをする人がいたとは……」
「【黒田】さんとかはちょっと様子が違いましたけどねえ。さすがは探偵さんの助手、類は友を呼ぶってやつですね!」
「……君達の、私に対するイメージがよくわかったよ」
叶探偵が零すと、青木はカウンターの向こうから大きく身を乗り出してきた。勢い込んで尋ねてくる。
「だって、いつもならペット探しなんて引き受けないじゃないですか。子供好きってわけでもないでしょうし、今回はどんな事情があったんです?」
「まさか君相手にこれを言う日が来るとはね──それは、まだ答えるべきときではないよ、青木君」
「名探偵の常套句! 実際言われると腹が立ちますね!」
ケチと言い残してバックヤードに引っ込んでしまう青木を横目に、叶探偵は不可思議な依頼の内容を思い返す。
喫茶店に現れた少女の依頼。病気になった猫探し──だが調べれば調べるほど謎は深まっていく。
予測はある。予想もある。だが所詮それらは可能性に過ぎない。だからこそ、積み重ねた事実の重みが重要になる。
コーヒーを飲み、報告書のページをめくろうとした、その刹那に。
不意に、横合いから声をかけられた。
「──それ、探偵さんが調べてくれたんですか?」
カップの中で、黒い液体が小さく揺れる。
叶探偵が視線を滑らせると、いつの間に現れたのか、虹村遥が隣の席に腰を下ろしていた。
「……そうだね。臨時の助手達が調べた情報を、こうしてまとめてくれたんだ。おかげで私はのんびりコーヒーを飲んでいられる」
叶探偵は薄い笑みを浮かべて答えると、書類の上に置いた指を走らせた。文字を追い、内容を読み上げる。
「君のお父さんは絵本作家だったんだね。残念ながら今は筆を断ってしまったようだが……」
「──えっ」
遥が小さく息を零した。目を見開き、何か言いかけていた唇を咄嗟に閉ざす。
叶探偵は少女の様子に眼差しだけを残した。再び指を滑らせ、ページをめくっていく。
「君にあれこれ聞いた人もいただろう。変わった人達かもしれないが、悪人ではない。これからも協力してくれると嬉しいな」
「あ……はい。ちょっとびっくりはしましたけど……【七式識】さんは飲むスイーツくれたし、それに……泣いてるだけじゃダメだって、私も思ったので……」
遥の言葉に小さく頷き、叶探偵は静かに窓の外へと視線を移した。
青色喫茶の外は先程までよりも激しい雨が降っている。行き交う人々の姿もすっかりまばらになっていた。
「──エルは」
硝子の向こう側をじっと見詰めていた遥が、微かに怯えの滲んだ声で呟く。
「エルは……元気に、してるでしょうか」
「……猫は習性として水を嫌う。だから彼らは雨の日に体を濡らさないよう、雨宿りできる場所を事前に把握するんだ。車の下や、家と家の隙間などにね」
「だったら……エルは賢いから、きっとどこかに隠れてると思います」
「ああ。一箇所でじっとしてくれているなら、それはむしろチャンスだよ」
たとえば、と前置きして。
叶探偵はポケットからスマートフォンを取り出すと、地図アプリを起動した。画面に表示させたのは、駅を挟んだ反対側にある中野サンモール商店街だ。
画面から離した指を、指揮棒のように踊らせる。遥の視線を引き付けながら、叶探偵はどこか歌うような調子で話し始めた。
「サンモール商店街には、俗に言う猫の集会場があるようだ。だが臨時助手の【花江】君達が調べたとき、そこにエルの姿はなかった。だがこの近くにある喫茶店に、エルらしき猫の姿を目撃したという証言がある──【千明聡彰】君が手に入れてくれた、貴重な証言だ」
「エルが……喫茶店に──」
「まさかコーヒーを飲んでいたわけではないだろうがね」
冗談めかした言葉に、遥が淡く微笑む。その視線を誘うように指を振り、再びスマートフォンを操作した。地図上のカーソルが移動して、サンモールから少し離れた場所にある公園を示す。
「そして、四季の森公園でもエルの目撃証言があった。最近は見かけていないようだが、足取りが消えているわけではない」
「……あの公園。エルとたくさん遊んだから……そのとき、私達のことを見てた人がいたのかもしれません……」
「ああ。私達はどう足掻いても孤独になれない。誰かが誰かを見ているからね。だからエルの姿を見かけている人も、必ずいるはずなんだ──」
──君を、助けたいと思う人がたくさんいるように。
吐息と共に紡いだ言葉が、少女の心にどういった形で届いたのか。
叶探偵には判別できない。あらゆる事実を解き明かす自信はあっても、真実を選択する権利は手放していた。
虹村遥にとっての真実は何なのか──それは、彼女を深く想う者にだけ知る権利があるのだ。
雨の勢いは未だ強く、空は灰色の雲に閉ざされたままだった。アスファルトを打つ雨音に混じり、軽やかな鈴の音が響いて来店者を知らせる。小走りに店内へと姿を現したのは【白井花】と【北楯さくら】、【重倉璃々】の三人だった。叶探偵の姿を見かけると、嬉しそうに表情を綻ばせて駆け寄ってくる。
「あ、探偵さんだ! こんにちはー!」
「馬車馬のように働いてますよー」
花とさくらが交互に声をかけてくる。苦笑して軽く手を振る叶探偵に、璃々が不思議そうな表情で話しかけた。
「……今、遥ちゃん来てました?」
「ついさっきまでね。何か用件でもあったかな?」
「いえ、用件というわけでは……ただ、チョコが好きだって言ってたから。ちょうど時間もあったし、お勧めのチョコレート買ってきたので……」
「一緒に食べられれば良かったのだけどね。ほんの少し遅かったようだ」
立ち上がり、叶探偵は三人に背を向ける。そのままゆっくりと歩き出したが、店を出る直前になって立ち止まると、彼は掠れた声で独白した。
振り返ることもなく、誰かに尋ねたわけでもない。
だが確かにその声は三人の耳に届いた。訴え、求めるような声が。
「……私も独自に調査をしていてね。虹村遥が通っていた古本屋の店員が教えてくれたよ。以前、彼女はプラネタリウムに行きたいと言っていたようだ。星を見るのが好きだったらしい」
「探偵さん……?」
「──引き続き、エルの追跡調査を頼んだよ。私の勘では、そう遠くない内に真実へと辿り着けるだろう。願わくば、そのときまでに君達がエルを見つけてくれていると良いのだけどね。嵐が来る前ならば……ハッピーエンドに、手が届くはずだから」
──エルと、虹村遥を追え。
最後にそれだけを言い残して。
叶探偵は激しい雨の中へと飛び込んでいった。
後に残された三人は、互いの顔を見合わせる。探偵の残した言葉にどんな意味があるのかはわからない。
だが、言われずとも決めていたことはあるのだ。
「──エルちゃんのことも、遥ちゃんのことも」
誰ともなく、声を合わせ。
嵐の気配さえも振り切って宣言する。
「──全部、解決してみせますよ──」
──ハッピーエンドを、迎えるために。
担当:佐賀屋火花
少女の家へ個別リアクションB
中野サンモールを調べに行ってみよう個別リアクションC
四季の森公園に足を運んでみよう個別リアクションD
青木さんとさらに話してみる個別リアクションE
少女との茶会
――Ozの世界へようこそ。
依頼文は、青色喫茶Ozの掲示板に貼り出してありますよ。
ぜひ、あなたのお力をお貸しください。
あなたの一言で、Ozの世界は変わってゆきます。その未来を見たければ、またここを訪れてみてくださいね。
