チェシャネコ『いきた ねこ』

「先生、幸太はどうですか? ……苦しんではいませんか?」
「お母さん。落ち着いてよく聞いてください」
「はい。もちろん……何を言われても、受け入れる覚悟はできています」
「幸太くんの脳を圧迫していた腫瘍が、――跡形もなく消えました」
「……、――えっ?」
「奇跡としか言いようがありません。CTスキャンの結果も異状なし。現在、順調に快方に向かってます。――お母さん、幸太くんは、……助かったんですよ。おめでとうございます」
「ああ、……ああ、神様。先生……ありがとう……ありがとうございます」

「見廻りの看護師からの報告ですが、幸太くんは昨晩、寝ながら――笑っていたそうです」
「……『笑った』?  あの子、『笑った』んですか!? あの子にも感情があるんですか!?」
「これまでも感情が無かったわけではありません。ただ、脳の働きが腫瘍に阻害されていて、喜怒哀楽を表情に出せなかっただけです。事実、幸太くんは、あなたが悲しんでいれば、自分も哀しむようなそぶりを我々に何度も見せていましたよ」
「そう……だったんですね。わたしは母親失格です。そんなことにも気づけなくって……」
「もう大丈夫ですよ。幸太くんはこれから、誰でもはっきりと分かるぐらい、声を上げて笑えるようになります」
「夢みたいです。でも、どうしてこんなことに……」
「これは非科学的な話になってしまうのですが、諸外国で、コメディ映画を見て笑い続けた男性が末期がんを克服したという例があります。医者としてこんなことを言うのもなんですが、個人的には、笑いにはそのような不思議な力があるのだと思っています」
「良かった……これでまた、あの子にこの本を……読んでやれるんですね……」
「ええ、その本のタイトルにもあるとおり、幸太くんはこれから100万回も生きることができますよ。――眠りながら笑う幸太くんの顔は、それはもう、可愛らしかったそうです。よっぽど楽しい夢を見たのでしょうね。これからもあなたが見守ってあげてくださいね」

医者が見上げ、母親が涙を流しながら視線を向けた窓の向こうに、一匹の白い蝶が、軽やかに羽ばたいていった。

END

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