STORY

睡魔に誘われて 第二話

夢の続きを

あの日から数か月が過ぎ、梅雨も明けてじりじりとした夏の日差しが街を包み込む頃になっても、自分は変わらず青色喫茶Ozへ足を運んでいた。
あの日、青色喫茶Ozで過ごした午後は、人それぞれだった。

【水野蓮】は、残っていたティーソーダを一気に飲み干し、「こういう時は潔く仮眠するに限る!」と眠気を受け入れた。数十秒もしないうちに店内へ小さな寝息が響き始めたのは、言うまでもない。

【ノウン】は、飲みかけのティーソーダをそのまま残し、推しとのトリップものの夢でも見られたらいいなあ……と淡い期待を胸に、静かにまぶたを閉じた。

【北楯さくら】は、グラスを倒さないよう机の奥へそっと寄せ、「五分だけ」と自分へ言い聞かせながら眠りへ身を委ねた。その五分は、眠気にとって十分すぎる時間だったようだ。

【白璃透】は、睡魔へ素直に降参した。ゆっくりと意識を手放したその瞬間、椅子からも手放されてしまったのは少々予想外だったらしい。

片隅では、探偵服姿の【猫さん】がティーソーダをちびちび味わいながら寝落ちし、夢の中でも事件を追いかけていた。
一方、その相棒である【犬さん】は睡魔へ抗う道を選ぶ。眠ってしまった【猫さん】を横目に、睡魔の原因を探るべく店内を歩き回ったものの、見つかったのは穏やかな午後の空気ばかりだった。

【橋土井紫音】は、眠ってしまった【北楯さくら】を起こす約束を守るため、自分まで眠ってしまわないようティーソーダを飲み干し、さらに追加注文までして睡魔と向き合っていた。

【白井花】は、青木さんとの他愛ない雑談を楽しみながら眠気を紛らわせる。「隣駅に新しくできた物語体験のお店には行きました?」──そんな何気ない会話は、不思議と睡魔を少しだけ遠ざけてくれたようだ。

こうして、それぞれ違う午後のひと時を同じ場で過ごした8人だったが、一つだけ共通していたことがある。

眠った人も、眠らなかった人も、あとになって思い返すと、なぜか誰もが「あの時は夢を見たような気がする」と口を揃えた。けれど、その内容だけは誰ひとり思い出せない。

何か大切な夢だったような気もするし、誰かに何かを話しかけられていたような感覚も残っている。それなのに、その肝心な部分だけが朝靄のようにぼんやりと溶けてしまっていた。

……そんな不思議な出来事も、日々の忙しさに追われるうち、少しずつ記憶の片隅へ追いやられていった。

今日も、青色喫茶Ozへ足を運んでいる。
店内へ入ると、今日も青を基調とした落ち着いた景色が迎えてくれる。穏やかな音楽に柔らかな照明。少しずつ増えていくインテリアを眺めるのも、この喫茶へ来る楽しみのひとつだった。

「あ、こんにちは!」

いつものように青木さんが笑顔で迎えてくれる。

「最近置いたんですよ、それ」

そう言って指さした先には、小さな仮眠用クッションが置かれていた。

「ここで寝ちゃうお客さん、なんか最近やけに増えまして。いっそ仮眠カフェ、とかアピールするのもいいかなって!」

青木さんが少し困ったように、それでもどこか楽しそうに笑う。

確かに、この喫茶でほんの少しうたた寝をすると、不思議なくらい頭がすっきりする。その後の作業が思っていた以上に捗ると思っていたのは自分だけではなかったようだ。最近では「仮眠しやすい喫茶」として利用する人も少しずつ増えてきたらしい。

自分もいつものティーソーダを受け取り、もはや定位置と言ってもいい席へ腰を下ろす。
ひと口飲んで、ふうと息をついた。冷たい炭酸が喉を心地よく抜け、静かな店内へ耳を傾けていると、しばらくしてまた少しずつまぶたが重くなってくる。

……あれ……。
今日は寝ないで帰ろうと思っていたのに……。

そう思って軽く目をこすったところまでは覚えている。
次の瞬間には、視界はゆっくりと白く霞み始めていた。

……夢だ。

そう気付いた時には、自分はどこまでも白い世界へ立っていた。

上下も距離感も曖昧で、地面があるのかさえ分からない。不思議なほど静かな世界だったが、ぼんやりと霞む視界の向こうから、小さな何かがこちらへ向かって走ってくる。

水色の身体。短い足を懸命に動かしながら何度も転び、それでも立ち上がってはこちらへ向かって走ってくるその姿には見覚えがあった。
青色喫茶Ozの棚へ飾られていた、あの小さなぬいぐるみだ。これは……ゾウ、かな?
夢だからぬいぐるみが動くこともあるか……そんなことを考えたのも束の間、小さなぬいぐるみはまた勢いよく転び、それでも諦めることなく立ち上がって走り続ける。

何かを伝えたいのだろうか。

もう少しでこちらへ届く。そんな距離まで近付いたところで、ぬいぐるみは大きく口を開いた。

「――――」

必死に何かを叫んでいる様子だが、その声だけはどうしても聞こえない。

届きそうで届かない。そのもどかしさだけが胸を締めつけた。

その瞬間、自分はとっさに──。

担当:繭

――Ozの世界へようこそ。
依頼文は、青色喫茶Ozの掲示板に貼り出してありますよ。
ぜひ、あなたのお力をお貸しください。
あなたの一言で、Ozの世界は変わってゆきます。その未来を見たければ、またここを訪れてみてくださいね。