睡魔に誘われて 第一話【個別リアクションA:眠気を受け入れる】
凶悪な睡魔に抗えるものなどなし!
――眠い。
もう、それ以上でもそれ以下でもない。窓から差し込む暖かな陽射しと、ほどよい室温。耳に心地よく流れるBGM。ティーソーダの爽やかな香り。青色喫茶Ozという空間全体が、まるで自分に「今日はもう少しだけ肩の力を抜いていきませんか」と静かに語りかけてくるようだった。
人間、睡魔に勝てる時と勝てない時がある。
そして、今の時間は、どう考えても後者だ。
ならば、無駄に抵抗するだけ損ではないだろうか。
そんな風に思い至った人たちは、それぞれ思い思いの方法で、この心地よい誘惑を受け入れることにした……。
【水野蓮】は、残っていたティーソーダを一気に飲み干して短くうなずく。
「よし」
こういう時は潔く仮眠するに限る!
中途半端に眠るより、短時間でもしっかり休んだ方が身体は楽になる……というのが持論なのだ。そう言うことにしておいてほしい。
椅子に深く腰掛けると、そのまま目を閉じる。
数十秒も経たないうちに、店内には小さな寝息が混ざり始めた。
すぅ……。すぅ……。
……ぐう……ぐー……すぅ……ぐうう……すー……。
時折混ざる可愛らしいいびきに、近くの青木さんが思わず口元を緩めたのは……少なくとも、本人は気づいていない。
一方、【ノウン】は眠気を素直に受け入れようとしているが、まだ飲みかけのティーソーダへ目を落としていた。
飲み切ろうか。……いや、このままでもいいか。むしろ起き抜けのために取っておこう。そうだ、それがいい……。
そんなことを考えているうちに、意識は少しずつ遠ざかっていく。
そういえば昔、占いツクールでトリップものが流行っていたっけなあ。
もし夢を見るなら、どうせなら推しの世界へ。
推しと一緒に冒険したり、事件を解決したり……そんな夢だったら、目覚めても少しくらい幸せな気持ちになれるかもしれない。
そんな期待を胸に抱いたまま、【ノウン】もまた静かにまぶたを閉じたのだった。
【橋土井紫音】とともに喫茶を訪れていた【北楯さくら】は、抗えない眠気を払おうと目をこする。
その様子をみた【橋土井紫音】は小さく微笑み、「寝てていいよ、僕見てるから」と優しく【北楯さくら】に声をかけた。
せっかく一緒に来ているのに……という思いはあれど、頭と体はもうその善意に全力で甘えようとしている。
「……じゃあ、5分だけ」
「うん」
「5分経っても起きなかったら、起こしてよ?」
「わかったよ」
ひとつ息をついてから、グラスをうっかり倒してしまわないよう、そっと机の奥へ寄せる。
「……5分、だけ……」
本当に5分だけのつもりで軽く頬杖をつくと、あっという間に意識が夢の世界に飛んだ。
……5分という時間は、案外短いようで長い。
少なくとも眠気にとっては、【北楯さくら】を誘惑するには十分すぎる時間だった。
同じように喫茶を訪れていた【白璃透】もまた、眠気を受け入れることを選んだ。
逆らう理由もない。ゆっくりと目を閉じる。身体から力が抜け、意識が沈んでいく……。
ああ、午睡……昼下がりの長閑な時間帯に取る仮眠とは、かくも心地よい満足感を与えてくれる……。
この眠気に抗わなくてもいいという事実が、眠りつつある【白璃透】の頬を綻ばせた。
そして。
ズベッ。
「あっ」
意識を完全に手放した瞬間、椅子にも手放されてしまった。
慌てて起き上がると青木さんが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたので、少し恥ずかしそうに頭をかきながら苦笑いを浮かべるしかなかった。幸い、他の利用客に迷惑はかかっていないようでほっと胸をなでおろす。
……眠気は頭の奥にまだ燻っていそうな感覚だったが、落ち着くまではうたた寝に耽ることはできなさそうだ。
そして……
この青色喫茶Ozには、時折不思議なお客さんが混ざっている。
今日も、その「不思議なお客さん」が、片隅の客席に鎮座していた。
【猫さん】【犬さん】のふたり組だ。
【猫さん】。二頭身、直立歩行をする猫である。
探偵服に身を包んでいる愛らしい姿をしている。
ティーソーダをちびちび味わいながら、「事件のない午後も悪くない」と考えていたのも束の間。
ゆらり、と視界が揺れた。
「ふみゃぁ~……これは……事件ではなく、睡魔……あとは……頼む、みゃ……」
そのまま机へ突っ伏す。
夢の中でまで探偵業が始まることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。
こうして、それぞれ違う眠り方を選んだ彼らだったが、一つだけ共通していたことがある。
この日、喫茶に訪れた者たちを襲った睡魔はなかなかに強烈であった。
担当:繭
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