公爵夫人マダム『オンラインで結ばれた愛』

今日はオンラインゲームの大事なイベントの日だ。

かつてはカレンダーに赤で二重丸をつけ、3日以上前から準備をしていたものだったが……彼女はそれをすっぽかした。
ログインせず、パソコンの電源すら入れず、静かに本を読んでいた。

こんなことは初めてだった。かつての自分であれば、ログインすることで得られていたはずのあらゆるものを手放すのが惜しくて、モニターの前にかじりついていたはずだ。
オンラインでつながった、顔も本名も分からない人たちにすがりついて、イベントを有利に進めるためのアイテムを、プライドを捨ててかき集めていたものだ。

しかし今は、実に穏やかな気持ちで、買ったまま書棚にしまっておいた、ずっと前から読みたかった本のページをめくっていた。――楽しかった。
人と接するのが苦手だった。……そのくせ、人とのつながりを絶たれるのが怖かった。
だからインターネットに依存した。自分という存在がこの世から消されるのが嫌だった。

飲まず食わずでオンラインゲームに没頭し、モニターに突っ伏して、気絶するように眠ったとき、なんだか不思議な夢を見た。
哀しくて、楽しくて、切なくなる夢だったような気がするが、もう何も覚えていない。
目が覚めたとき、しばらく涙が止まらなかったのは眼精疲労によるものか、それとも別の理由があったのか……。

私は愛が欲しかった。でも、どうすれば愛してもらえるのか分からなかった。
だから、たくさんの人とつながって、愛してもらえるようにふるまった。

でも、それはきっと、間違っていた。人から愛されたいと思うのであれば、まずは自分が他人を愛さなければいけなかったのだ。
それも、うわべだけでなく、心の底から……。

知りたいことはネットで調べるのが当たり前となっている時代に逆行するように、久しぶりに図書館に出かけた。
貸し出しカウンターに並んでいると、目の前にいた、髪の毛をボサボサにした背の高い男性が、慣れない手つきで図書館のカードを取り出した。
そして、あっと声を上げて、それを取り落とした。
拾い上げて手渡すと、男の人は頭を下げて、丁寧に受け取った。
視線が交差し、お互いが借りようとしている本を見る。
図書館の隅で、誰にも借りられないまま埃をかぶっていたマイナーな本だ。
そう言えば、ネットで出会ったあの人も、この著者が好きだと言っていたっけ……。

図書館の分厚い遮光カーテンの向こうに、白い蝶が羽ばたいていった。

END

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