時計ウサギ『守るべきもの』

当面の危機は去り、世界は崩壊をまぬがれた。

システム管理画面からすべての警告アラームが消え失せ、バグが正しく処理されたことを示すメッセージを受信する。世界は正常な値を取り戻したのだ。
これでもう、しばらくは特別なプログラムを走らせる必要がない。

ワンダーランドのシステムを統括するマザーAIはCPUの処理速度を通常運転のそれに戻し、熱を帯びた身体をスリープさせることにした。
何事もなくて本当に良かった。すべてはワクチンプログラムたちのおかげだ。

アリスはすべてを破滅に追いやる存在ではなかった。むしろ、世界の均衡を保つために、自ら望んで身を捧げた、尊ぶべきものだった。
彼女を守ってやることはできなかったが、おかげでもっと大切なものを守れた。
いや、――なんのことはない、守られていたのは、自分の方だったのかもしれないな。
もしも彼に人間と同じ身体がついていたら、きっと肩をすくめていただろう。
守るべきものに守られた。やれやれ、……感謝しないといけないな。

そのとき、この世界のどこかに白い閃光が走ったような気がした。
電子記録にも残らず、マイクロ秒に満たない時間に起きた刹那の出来事。
一匹の白い蝶が、この世界のどこかで羽ばたいて消えたと、いくつかの監視モニターから報告があった。
「追跡調査の必要はない。放っておけ」
そう命じた。さて、久々にゆっくり眠るとしよう。忙しくするのも悪くはないが、こんな日もいいものだ。

END

解説 ネタバレ感想オープンチャット