STORY

幸せのカタチ 第一話 / 十と不思議の扉

青色喫茶Oz。
店内の全てが青色に染められた喫茶で、心ごと青に染めて一人ため息をついている人物がいた。
「はあ……どうして……」
幸か不幸か、そのため息は誰の耳にも入る事はなかった。
ただ一人。いや、「一匹」を除いて。
その「一匹」はため息の主の思いを知ってか知らずか。何食わぬ顔で壁に引っ付くようにちょこんと座り込んで様子を見ている。
「十店長……一体それ、どこから持ってきたんですか?」
十店長、と呼ばれたのは一匹のサモエド犬だ。サモエドといえばかなりの大型犬だが、十はまだ幼く、柴犬くらいの大きさである。喫茶の小さなカウンター横の倉庫には、十と、両手に乗るくらいの木箱が一つ転がっていた。
ため息をついていた人物――青色喫茶を切り盛りする青木は、その木箱を手に取る。木箱には錠がついており、鍵がないと開かない仕様になっている。
木箱がふわり、と香る。その香りが、日常的に生活をしていて触れるものとは違う事を物語っていた。そして、これをここまで運んできてしまったのが、十であろうことも青木には分かっている。
「あのね……勝手に持ち出したらダメだって、何回言ったらわかってくれるんです?」
通じるはずもない言葉を青木は投げる。何となく怒られていることだけは理解しているようで、十は口を開けたまま静かに目をぱちくりとしていた。
「青木さーん!」
扉が開くと共に声が響く。青木が振り返ると、一人のスーツの男が入ってきていた。
「ああ、平野さん……いらっしゃい」
「こんにちは! いやあ、最近は暑くなりましたねー! ……はあ、涼しい」
「何か飲みますか?」
「はい、そしたらアイスコーヒーを! そうそう、それから今度の喫茶の貸切イベントについてご相談がありまして……うわあ!」
平野と呼ばれた男は突然間の抜けた叫び声をあげる。
突然の来客に興奮した十が、いつの間にか青木の足元を通り越して平野に飛びかかっていた。
「わ、わ!」
「平野さん、すみません! 十店長!!」
青木に首元を掴まれ、十は倉庫に押し戻された。
「お、狼!?!?」
「サモエドですよ。うちの店長なんですけど……」
「店長」
「はい」
「へええ……それは……そうなんですねえ……!」
平野はどういう事だろうと一瞬考えながら、「そういうコンセプト」であるのならわざわざ尋ねるのは野暮かもしれない、そう思い、深堀りはしないことにした。
「で、平野さん、貸切の相談でしたっけ?」
「はい! ……だけど青木さん大丈夫ですか? なんか疲れてません?」
「疲れている、というわけではないんですけどね。ちょっと困ったことが」
青木は苦笑いを浮かべる。その表情を見て平野はほうってはおけなかった。
「僕でよければお話聞きましょうか?」
「いえ、ご迷惑をかけるわけには」
「迷惑だなんて! 僕も青木さんにはとってもお世話になってるんで、何かお力になれることがあれば協力させてください!」
青木は少し考えたあと、
「わかりました、じゃあ少しだけ」と前置きして、カウンターの中から先ほどの木箱を持ってくる。
「十店長、時々どこかにふらっといなくなる事があるんですけど、度々覚えのないものを持ち帰ってくるんですよ」
「あはは、自由なわんちゃんですね」
「平野さんは知ってますよね。この喫茶には時々不思議な扉が現れる事を」
我ながら突拍子もない話を始めている感覚になるな、と青木は感じながら言葉を続ける。
「この青色喫茶は時々、『別の世界』と繋がることがあります。そこからやってくるお客様にも喫茶をご利用頂いているんですけど、その『別の世界』と繋がっている間に、十店長がそちらの世界に行ってるみたいなんです。ご迷惑がかかるから、他の世界のものを勝手に持ち帰らないでくださいって言ってるんですけど……」
青木は手元の木箱を見つめる。
「なるほど。じゃあその木箱は、よその世界から持ってきたものだ、と。でも、木箱なんてこの世界でも手に入るんじゃ……?」
「香りが違うんです。何かの植物の香りのようにも感じるんですけど……馴染みのない独特な感じがするんですよ。鍵もかかっているし、他の世界の誰かの大切なものを持ち帰ってきてしまったんじゃないかって」
「この木箱がどこの世界のものか、探して返したい、ってことなんですね。……だったら青木さん! いい方法があるじゃないですか!」
「いい方法……ですか?」
「この喫茶にやってくる皆さんに協力を仰ぎましょう! 僕も以前それで助けてもらったんですから。今回もきっと相談に乗ってくれますよ! 一緒に探してもらいましょう」
「うーん、大丈夫ですかね…」
「きっと大丈夫! さ、青木さん、その世界と繋がる扉っていうのはどこに現れるんですか! 僕も行ってみます!」

こうして、謎の木箱の持ち主探しがはじまった。

担当:AGATA