青空まであと一歩 第三話【個別リアクションB:サンモールの喫茶店で、白い猫の話を聞く】
掘り出しもの
3人の人影がサンモールの喫茶店の扉をくぐる。
【千明聡彰】、【白井花】【北楯さくら】。
叶探偵の一助になればと、調査に協力する彼らは軽く店内に目を配る。
真っ先に歩を進めたのは千明聡彰だ。
「ここか、件のサ店は……。店員さんよりも、ここはあの落ち着いた常連さんに聞いてみることにしよう」
そう呟いて2人から離れる千明聡彰は、手早く注文を済ませるとカウンター席で優雅にコーヒーを嗜んでいる寡黙な老人の隣の席に腰を下ろす。
幸い、老人は特段なにも反応を返すことはなく、ただじっと手元のカップの水面を眺めているだけだった。
レジに立った白井花と北楯さくらに、店員が声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。おふたり様でよろしいでしょうか」
「はい!」
元気に首肯する白井花に、店員はにっこりと微笑みを返して注文を受ける。
その後、2人は店員に案内されてテーブルについた。
案内された席には花柄のレトロなクロスの上に透明なビニールカバーが敷かれており、呼び出し用のベルは手で持って軽く揺らすタイプの、とても古風で可愛らしいものだ。
「おしゃん……」
「わかる……」
昭和レトロ感を大事にしつつ、丁寧に手入れされている店内はとても落ち着いていて、いつまでもここにいられそうな居心地のよさがある。商店街の中にあるのに、店の中に入ってしまえばこんなにも落ち着けるのであれば愛用しているお客さんもたくさんいるのだろう。
これは穴場のお店を見つけた、と思わず嬉しくなる2人であった。
「お待たせいたしました」
配膳されてきた飲み物のカップも可愛らしい意匠が施されており、お店の心配りやこだわりが覗ける。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
「あ、すみません!」
きびすを返そうとした店員を呼び止めた白井花は、テーブルの隅に置かれている立てメニューを指差しながら質問を投げかけた。
「とても素敵なお店なので、お友達にもおすすめしたいんですけど、出してもらった飲み物に合いそうなお菓子ってありますか? できれば持ち帰りもできるものだと嬉しいです!」
「当店をお気に召していただけて誠にありがとうございます」
反応を伺うように店員を見上げる白井花に、嬉しそうに口角を上げながら応対する店員の様子を眺めながら北楯さくらはティーカップにゆっくりと口をつけた。
あいにく苦味は得意ではないのでオーソドックスな紅茶を頼んだのだが、アールグレイ特有のベルガモットの爽やかな香りが鼻腔を通り抜ける。
(美味しい……)
お手頃なティーバッグとは一味違うので、おそらく有名な紅茶店から茶葉を仕入れているのか、あるいはこのお店専用のブレンドなのか。
目の前にいる彼女の質問が終わったら私もあとで聞いてみたい……もちろん本題を聞いた後でだけれど。
「う〜〜ん、悩むけど、今日はこっちでお願いします!」
「承知いたしました。お持ちいたしますので少々お待ちください」
店員が離れていくのを見送って、北楯さくらは白井花に話しかける。
「なにで悩んでいたの?」
「こっちのサブレと、このフィナンシェ! どっちも美味しそうだけど、今回はフィナンシェを試してみることにしたの」
「美味しそうだね」
「お客様、お待たせいたしました」
先ほどの店員が白井花の求めた茶菓子を持って戻ってきた。
持ち帰り用のこぢんまりとした包みを受け取り、支払いを済ませたところで北楯さくらも話しかける。
「ところで店員さん、もし知っていたらで構わないんですけど、白猫が時々来ていたという話をお聞きしまして……」
「ああ、あの子ですか」
「ご存知ですか?」
「ええ、私もたまに見かけておりました。一時期はたまに顔を出してくれて、お店の常連さんたちも喜んで可愛がっていたんですが、最近はあまり見かけていませんね……」
「そうですか……」
お礼を告げてから、「それと、」と言葉を続ける。
「──この紅茶、とても美味しくて気に入りました。もしかしてここでブレンドされていますか?」
*****
2人が店員との交流に勤しんでいる最中、千明聡彰は寡黙な老人に話しかけるタイミングを窺っていた。
こういう物静かな御仁は、リズムやタイミングを誤ると気分を害してそそくさと退散してしまうものだ。
なるべく波風立てず、さりげなく情報を得られないかと探る彼は、店員が運んできたカップに口をつける。芳醇な香りと深みのある味わいに思わずほう、とため息が漏れた。
ふ、と横から小さい声が漏れ聞こえた気がする。ちらりと視線だけで伺うと、老人の口角が少し上がっていた。自分が好んでいるものを気に入られて嬉しいという感情からだろうか。
言葉を交わさずとも生まれたコミュニケーションに、意外と老人は気さくなタイプなのかも知れないと感じた千明聡彰は、ふと思いつきで白猫の写真を取り出して眺める素振りをした。
さも心配ですといった様子で写真を眺めながらカップを口に傾けていると、老人の視線が自分の手元に向けられているように感じる。
「その猫、探しでもしとるんか?」
さてそろそろ話しかけるか、と思った矢先、老人のほうから口火を切ってくれた。
「そうなんです。みかけたことありますか?」
「少し前に、この店に入り込んできた時期はあったがなぁ」
……老人の話では、この店にいた時に何度か撫でたことがあるくらいだそうだ。
それ以外の情報は特に得られそうになかったが、この店の出すものは美味しいという情報を得られただけでも収穫だろう。調査の合間に立ち寄る場所としてはこの上なく快適そうだ。
「最後にあの猫に会った日のことだが、なにやら目に、まるでなにか焦がれるような必死さがあったように感じた」
「猫の目に、ですか」
「ほっほ。家族に先立たれて久しいわしが、猫の目を通して自分の寂しさをみただけかもしれんがな」
その老人の言葉は、なぜか千明聡彰の胸にわずかな引っ掛かりを残すのだった──。
担当:繭
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