STORY

【マダミスフェス2024限定シナリオ】幽玄夢幻、現世之陽炎

白日夢

──雲想衣裳花想容 春風払檻露華濃──
──若非群玉山頭見 会向瑶台月下逢──

どこからか、うたが聞こえたような気がした。
微かな音を耳が拾う。瞬きひとつ。
え、という音が自分の口からこぼれた。

東京都港区、品川駅港南口から徒歩数分のところにある、マダミスフェスの会場を訪れていた自分は、イベントを楽しみながら一息ついたところだ。
空調の効いた建物の中は、まだ暑さを残す九月の陽気を遮断して、無機質だが管理された過ごしやすい空間だったはず。
けれども今、少し砂が混じった匂いが鼻に掠め、乾燥した自然の風が頬を撫ぜる。
遠くには、風に揺れる草葉の擦れる音。近くには、長布が板間を擦る布擦れ音。
「んむ? おぬし、どこから現れた」
豪奢に結い上げた髪に添えられた簪がしゃらんと鳴る。
相対するかんばせは、見知らぬ──絶世の美女だった。

夢と割り切って、その美女と言葉を交わしてみると、彼女はこの場所に囚われているという。
その割には枷などもなく、自由に身動きが取れ、なんなら豪華に着飾ってすらいるが……自分がいろいろと場違いな空気感があり、非常に居心地が悪いと肩身を狭くしていると、何センチあるのかと測りたくなるほどの長さの、赤く染められた爪をついと向けられる。
すると、いつの間にやら椅子が置かれていた。座りや、という声に促され、恐る恐る腰掛ける。
ここには彼女ひとりだけで、身の回りのことはすべて方術で済ませているらしい(よくわからなかったが魔法のようなこと。日本でいう陰陽術っぽい?)。
この夢、やけに具体的だなぁ、こんな内容の夢を見られるくらいの知識、持ってたっけなぁ。なんかのエンタメに触発されたんだろうか。
そんな感じで現実逃避ならぬ夢逃避をしていると、眼前の美女は空恐ろしいほどの蠱惑的な微笑を浮かべて自分を見詰めてくる。
圧を感じて思わずぐっと息を詰めてしまうところに、彼女の言葉が追い討ちをかけてきた。
「この奇縁、妾は大事にせねばいかんと思うのだ。ひとつ、頼みがあるんだが、聞いてはくれまいか?」
拒否を口にさせない強制力が、あった。

──────……。

美女は、自分のことは「娘娘」と呼べとのたまう。ニャンニャン。可愛い。マオ(猫)ではないわと失笑されたが、美女さんちょっと猫っぽいところがある気がする。言わないけれど。
娘娘いわく、なにかのきっかけで今いる不思議空間と、自分が本来いた空間・マダミスフェスの会場が繋がってしまったらしい。原因は娘娘を封じるためのやんごとなき道士様が施した方術を、彼女が破ろうと試行錯誤したからだそうだ。そんなことある?
思ったことをそのまま顔に出すやつだなぁところころ笑われた。化かしあいに身を置く娘娘にとって、自分との邂逅は楽しい出来事になっているらしい。こっちは困惑しきりなのだが……。
早く直してほしいと伝えると、彼女は我が意を得たりといった顔で口端をにぃっと持ち上げる。
「そうであろう、そうであろう? 妾も異邦の民草との会話はそなただけで満足よ」
姦しいのは好まぬと嘯く様子に、見た目とは異なったさっぱりした気質なのかと少し意外に思ったのは秘密だ。
娘娘の頼みは、方術にできてしまった歪みを直すこと。術を施した道士様には知られたくないという。バレているのではとも思ったが、どうやら「封印の術をいじくったこと」はバレていてもいいが、「娘娘では直せないから直してくださいと頼まなければいけない」のが嫌らしい。後者の展開を期待して待ち構えていそうなのが腹立つと。
何の知識もない自分にできることなどあるのかと首を傾げていると、娘娘が次のことを伝えてきた。
娘娘いわく、方術の歪みによって縁ができてしまっている物質がある。
娘娘いわく、自分がいた場所にある、とある物に関連した数字の情報をいくつか娘娘が知る必要がある。
娘娘いわく、方術の構成に由縁のある数字が組み込まれているらしく、それを教えればあとは娘娘が修復できる。
まあ、特定のものの数をかぞえて伝えるくらいなら……と思わなくもない。試しに、たとえばどういったものがあるかと聞いてみると、娘娘はこう言った。
「そなたがいた建物の中にある、鶴を眺められる市場のシャタンの場所」
「ほかにも、物がいくつあるか数えてもらいたいものがある」
……なるほど?

担当:繭

妖艶、幻惑、現か夢か

どうやら、娘娘のいる空間に導かれたのは自分1人というわけではないようだ。
見たところ、マダミスフェスの会場にきている人たちの中で自分を含め14人の人間が、娘娘と会ったらしい。
自然と集まり、どうしたものかと互いに顔を見合わせる人たち。
「とりあえず、手分けして対応しません?」
【ラージス】と名乗る人物が最初の一声をあげたことが呼び水になったのか、それぞれ同意を示すように軽く頷くのだった。

「頼まれた内容、けっこう難しいですよね。わかりにくいというか……」
「あの娘娘、さま? ってどのくらい待ってくれるんだろう」
たまたま隣り合わせに立っていた【山川】と【ゲジ】が苦笑いをこぼしながら呟く。
それを聞いて、【ビビビ】と名乗る人が「あのぅ」と控えめに手を上げ、自然とその人に全員の視線が集まる。
「娘娘のところに戻…れるかはわからないけど、時間稼ぎをかねて話し相手になっておくとか、どうですか?」
「たしかに、この人数でまとまっててもあまり意味はないかも」
【やまちゃん】が同意の声をあげ、異論を持つ人はいないようだ。
「でも、戻る方法なくない? 変なうたというか、声というか……を聞いたら勝手にあそこにいたよ?」
「それぞれが聞いた場所が関係しているかも。ちなみに自分は会場の3階で聞いたよ」
【ジュエイ】と【ジンシ】の言葉を聞いた面々は、「自分も」「私も」と手を挙げる。
「もしかして、全員3階で聞いてる?」
「じゃあ、3階をまわっていればまたあのうた? が聞こえるかも!」
【大兄】【ウツミ】と名乗った人の言葉に「やってみよう!」とそれぞれが頷いた。

「じゃあ、3階でまた娘娘に会いに行こうと試す人たち、娘娘が調べて欲しいと頼んできたことを対応する人たちで分かれよう」
【たつ】の促しで決まった役割分担は次のとおりだ。

娘娘に話をしに行こうと試みる人たちが、6人。
【たつ】【ゆゆき】【掘】【ハオ・ワン】【束場叶希】【夏無】

花弁と鍵の数を調べる人が【山川】【やまちゃん】【ジュエイ】の3人。

シャタンの場所の数字とやらを探すのが【ラージス】【ジンシ】【大兄】【ゲド】【ビビビ】の5人。

「じゃあ、それぞれ健闘を祈ります!」
【ハオ・ワン】が明るい声で手を振り、14名は解散となった。

*****

──結論から言えば、無事に娘娘のところに再びいくことができた。
どこか一定の場所がつながっているというわけではなく、娘娘のほうから一方的に眺められるらしい。方術とやら、便利すぎでは?
どうやら娘娘と話したいと思っていた6人の様子を見て、面白い、と興味を覚えたのでまた招いてくれたらしい。
封印されている空間というのは娘娘や娘娘が方術で顕現させるキョンシーたちしかいないようで、会話に飢えていたとか。
今はそれを幸いと思いつつ、6人は期待する眼差しでらんらんと見つめてくる娘娘に、場の流れと勢いでそれぞれ話しかけていくことにする。

「はい。発言よろしいでしょうか」
「よい。言うてみよ」
真っ先に声をかけ出したのは【夏無】だ。
礼儀正しい、穏やかな声音に娘娘も気を良くしたのか、おおらかに扇をあおぎ揺らして【夏無】の言葉を促した。
「この場所に迷い込む時、どこからかうたが聞こえたんですが。それを歌っていたのは娘娘なのですか?」
「あ、それ、自分も気になってます。歌の意味を教えてもらいたいです。それと、なんでここに囚われることになったのかも教えてもらいたいんですよね」
【夏無】の言葉に続いて声をあげたのは【束場叶希】だ。
2人の問いかけを聞いた娘娘は、きょとんとした顔で瞬きをする。

美人のキョトン顔は絵になるなぁ──誰かの脳内でそんな考えが浮かんだが、口にだすようなことはしなかった。

「うたとな? はて……特段、妾は詩吟を好んではおらぬ。ああ、そなたらの場所では”うた”というと”楽”を指すのであったか? どちらにしろ、妾は特になにもしておらぬぞ?」
「えっ?」
問いかけた2人だけではなく、その場にいた6人が思わず声をもらした。
では、あのうたはなんだったんだろうか。

「まあ、心当たりがないわけではない。方術を扱う際に、詩吟が編まれていることがある。対象とするものを象徴するもの、あるいは関連があると思われるものなど、まあ、飾りのようなものだ」
「飾り……」
「もうよいか? ほかにも聞いてみたいことがあるなら問うてみよ。退屈しのぎにちょうどよい」
「では自分から」
次に挙手をしたのは【たつ】だ。
「娘娘がもし現代──自分たちがいるほうの世界にきたら、何をしてみたいですか?」
「ふむ……」
【たつ】の問いかけに、娘娘はしばし瞳を彷徨わせる。
「そうさなぁ……そなたらはそもそも、なぜこの四角い箱の建物に集まっておるのだ?」
「ここではマーダーミステリーという、推理と会話で物語を進める遊戯が流行してるんだよ。私たちはそれが好きで、集まっているんだ」
娘娘の問いかけに【ゆゆき】が答える。【たつ】も同意を示すように首肯を返した。
「謎かけとは違うようだな。なるほど……? そなたたちに混ざってその遊戯に浸るのも一興かもしれぬ。だがまずは世界のありようを見てみたいものだ」
「娘娘と遊ばせていただけるならぜひ! ところで、娘娘のほうはどんな遊戯が流行っているのでしょうか」
ゆゆきが質問を重ねると、彼女は今度、辟易したというような渋い顔を浮かべる。
「大したものはないな。詩吟も楽も、心躍るというものもない。駒遊び、車駒(シャンチー)が市井では流行っていたような気もするが、妾はもはや飽きておる」
「それは娘娘が強いからで?」
「ほほほ、おぬし、なかなかうまいのう! 名は?」
「【掘】と言います。光栄です! ちなみに自分からもよいでしょうか!」
「よい、話せ」
「娘娘、とても綺麗な爪をしていますね。どうしてこんなふうに手入れをしているんですか?」
「どうして、と問われるのはまた不思議なものよな。華美に着飾ってこそ、妾の美貌を見せることができるというもの。そのために必要なことはなんでもするとも」
「娘娘! 自分からも1つよろしいでしょうか」
【ハオ・ワン】が一歩踏み出して問いかける。視線で言葉の先を促され、【ハオ・ワン
】は続いて口を開いた。
「頼みを聞く代わりに、私の頼みも聞いて欲しいです。悲しい時でも笑顔になる話をしてくれませんか?」
「ほう、気まぐれに付き合ってやろう。そうさな……」
娘娘はまた少し思案するように顔を伏せ、そう間をおかずに【ハオ・ワン】を見つめる。
「悲しい時は、今この瞬間を思い出せば良いのではないか?」
どういうことだろう、と首を傾げる面々に、娘娘は続ける。
「おぬしたちの世界に方術は存在しないのだろう? 妾とこうして相見えることこそ至宝の幸福といえよう」
現代風にいうのであれば、まさに「ドヤ」という表現がぴったりの態度でそう返す娘娘に、【ハオ・ワン】は思わず笑いをこぼしてしまった。
確かに! とお礼を返したところで、タイミングよく調査を担当していた8人から報が届く。
……なお、スマホは通じないので、娘娘がまた一方的にみて、自分を求めて彷徨う集団を見つけたから招いた、という状態だ。

*****

8人の調査報告を聞いた娘娘は、満足そうに頷いて赤い唇の端を吊り上げながら話し出す。
「大義であった。まあ、一部分かりづらかったようだが、そなたらの協力で方術の修正もどうにかなるだろう。あのいけ好かぬ道士に気づかれぬ前に閉じねば」
「では、そなたらの世界に戻るがいい。送ってやろう。そなたらとの邂逅、なかなかに楽しいものであったぞ。またまみえる事もあるかもしれぬな……?」

あの! と、誰かが声をあげる。沈黙と視線で次の言葉を促された14人の中の誰かは、こう問うた。

「娘娘のお名前をきいてもよいでしょうか」

ふむ、とまぶたを伏せ、ゆっくりと持ち上げた眼光は、妖しく金に輝いている。

「妲己とでも答えておこう」

──マダミスフェスの会場で、とある人たちが人知れず不思議な邂逅を果たしていたことは、当人たちしか知らない出来事として、胸に秘められるのだった。

はたして、夢か現実か。
幽玄夢幻、現世之陽炎。

(完)

※前半ストーリー「白日夢」内の漢詩について
出典:清平調詩 三首 其の一 李白
https://japanese.cri.cn/782/2015/04/20/147s235305.htm
出典元では唐の楊貴妃の美貌を詠った詩。今回は楊貴妃と並び称される絶世の美女「妲己」の美貌を讃えるものとして引用。

担当:繭