ディアシュピール・トリックスター オーナー
かわぐちまさしさんインタビュー

中国作品公演から日本オリジナル作品の制作へ

ーー『王府百年』の研究からかわぐちさんのオリジナル作品制作へと繋がっていくんですね?

かわぐち
そうです。日本と中国ではルールが違っていたりもあり、国に合わせた調整も必要でした。実は『王府百年』の中国版では、カードは他のプレイヤーに公開しないというルールになっているんです。ちょっと堅苦しいルールですよね。なんでそういうルールなのかを聞いたら、「カードの情報は絶対に正しく、会話には嘘がある。そのため、カードを公開したら、カードばかりを読んで、他のプレイヤーの話を聞かなくなる。中国はそういう文化なんです」と言われました。 あと、遊び方の整備もしていく必要がありました。今は日本でもマーダーミステリーの遊び方が広まりましたが、最初の頃はまだ遊び方を知らない人が多く、突拍子もない行動に出る人もいて……日々案内事項が増えていきました。最初に冊子を全部読まないでくださいとか、他のプレイヤーに冊子を見せないでくださいとか。

ーーそういう遊び自体のルール整備も必要だったんですね。

かわぐち
こういった作品の分析と遊びのルール整備を経て、中国のマーダーミステリーの持つ面白さを踏襲した日本人向けシナリオを作っていきました。制作に入って半年ほどで、最初の作品『六花が空を覆うとき』が完成しました。

ーー私も遊ばせていただきました。きちんと推理がありながらも、ストーリーがしっかりあって、演出も素晴らしくて泣ける作品で、大好きな作品です。

かわぐち
ありがとうございます。

ーーこの作品はどのようなコンセプトで制作されたのでしょうか?

かわぐち
まず、『王府百年』にないことをしたいと思いました。王府百年は絶対的な教科書なんで、その演出とか推理の要素を踏襲できて70点。そこから100点満点に近づけるため、声優さんのボイスを入れたり、個人同士のやりとりのアクション要素を入れたりしました。『王府百年』は作品としてすごく良いのだけど、文化的に難しい部分もあるので、日本の文化の中でしっかり遊んでもらえるよう、調整した作品にしようと思いました。

ーー『六花が空を覆うとき』の声優さんのボイス演出はとても良かったです。

かわぐち
『業火館殺人事件』もボイスを用意していたんですよね。演出としての良さはもちろんあるんですが、GMの負担も減るのでしっかり用意しようと思いました。知り合いの声優の人に事務所を通してお願いしたんですが、想像以上に良い演技をしてくれて、声優ってすげーな!ってびっくりしました(笑)

ーー演技力が素晴らしいですよね。感情移入してしまいました。

かわぐち
『王府百年』に比べて、ストーリー性や演出を足して作ろうと思ったのが『六花が空を覆うとき』だったんです。その後、パッケージ作品も作っていきました。発売時期は異なりますが『消えたパンツと空飛ぶサカナ』、『ロナエナ ―厄災のギフト』、『零(ぜろ)に誠』の3作品をいっぺんに作りました。あとはご縁があって、中国作品を日本向けにリライトした『純白の悪意 Rebooted』と『水面下の殺意』、『漆黒の鎌鼬』も作らせていただきました。結構たくさんの作品に関わらせていただき、好調だったのですが、ちょうどコロナ禍になってしまって、欲を言えば、もうちょっといわゆる「オフシナリオ」をしっかり広めたかったですね。コロナ禍では、オフラインよりもオンラインの作品の方が広がってしまったので。もちろんオンラインがダメと言うわけではないのです。オフラインに比べて感染症対策になりますし、遠方でも参加しやすかったりと良いところはあります。ただ、個人的に、対面ならではの楽しさや満足感はあると思っていて、少しもの足りなさも感じています。オフラインならではの体験をしてもらいにくくなったのは残念ではありました。

ーーようやくコロナも落ち着いてきて、またオフライン作品も盛り上がってきて良かったです。

かわぐち
そうですね。コロナが落ち着いた辺りで『六花と灰色の夢見草』、『六花と日輪草のベーカリー』、『ペーパーヒーローズ -復活編』なんかを作っていきました。ちょっと面白いところでは、マーダーミステリー劇『Love Letter for You』も作りました。これはいわゆる「乙女ゲーム」や、2.5次元の舞台をされているサイバード様とマーダーミステリー舞台を作るというものでした。こういった舞台では演者さん目当てで来るファンが多いかも知れませんが、マーダーミステリーファンの皆さまにも作品として楽しく観劇できるものを作りたいと思ってチャレンジしています。役者さんには各自スマホを支給して、事前に渡したハンドアウトの確認や、メモ代わりに使っていただきました。新しい証拠品を得たら、その写真を撮ってDiscordにアップしてもらうんですね。その情報についての感想や、推理メモなども記していきます。また、お客様も演者さんごとに割り当てられたDiscordへ招待し、役者さんと同じ目線で推理をする。1キャラクター目線で舞台を観る仕掛けにしました。

ーー面白い仕掛けですね! リアルタイムで進行するゲーム展開を、お客さんも楽しめるんですね。

かわぐち
そうなんです。全編アドリブなので怖さはありますが、めちゃくちゃ面白い回になることもあって……ガチッとハマった回は、終わったあと、楽屋でスタッフや役者さんとハイタッチしてました。演者の皆さんから「本当に面白かったです!」と興奮気味に話してくださることも多く、作って良かったなと思います。演者さんが楽しいって最高じゃないですか。次は6月にまたやるので、まだ観てない方はぜひ観ていただきたいです。

専門店トリックスターの立ち上げと新しいチャレンジ

ーー素晴らしいですね! オリジナルの店舗公演作品制作に留まらず、パッケージ作品や翻訳作品の監修、舞台作品まで幅広く手がけられていたんですね。そういった中で、どういう経緯で専門店のトリックスターを立ち上げようと思ったんでしょうか?

かわぐち
ずっと東中野のディアシュピールで公演をしていたのですが、演出用に大きなモニターや音響設備を用意したいと思いまして、大塚で良い物件を見つけて「これはチャンスだ」と思い専門店の出店を決めました。専門店として屋号も変えた方が良いと考え、その意味合いの面白さから「トリックスター」と命名しました。コロナも収まってきて、最近はお客さんも若干増えてきたかなという実感があります。回転は良くなったのですが、さらに新規のお客さんを増やしていきたいですね。それに合わせて、スタッフも増やしていきたいです。作りたい作品のアイデアはたくさんあるので、ゲームを作ること自体はそこまで大変ではないのですが、シナリオを案内してくれるスタッフはもちろん、ゲームのコンポーネント制作を手伝ってくれるサポートスタッフも欲しいですね。

ーーまだまだたくさんアイデアがあるんですね! 楽しみです。最新作についても教えていただけますでしょうか?

かわぐち
最新作のタイトルは『インビジブル・メモリー』です。3年前に作り始めて、ほぼ出来ていたんですが、構想が広がり過ぎて塩漬けにした作品です。なんとなく引っ張り出して完成させました。この作品、キャラクター名が無くて、N0.001からN0.008までプレイヤーはナンバリングされているだけ。俗にいう「記憶喪失もの」なんですが、記憶喪失モノは記憶を取り戻すまでの過程が作業になってしまいがちなので……なんとかしたいと考えていたところ、去年の暮れくらいに解決策がなんとなく浮かんで一気に書き上げました。記憶喪失なのでハンドアウトもなくて、各プレイヤーには最初、カード数枚だけ与えられます。そこからだんだん記憶が思い出されて、様々な真実が解き明かされていくという展開です。プレイヤーはそもそも推理ゲームをやるために集められた男女8名で、ゲームを解決しないと部屋から出してもらえません。ゲーム内ゲームにしてしまうことで、状況や感情の整合性が自然と出来上がり、プレイヤーにとってよりリアルな体験になると思います。いろいろなところに仕掛けを入れてますので、楽しんでもらえればと思います。たぶん、最後まで混乱するんじゃないかな(笑)

ーー良いですね! 早く遊びたいです!

かわぐち
情報の渦に巻き込まれるので、作品としては『業火館殺人事件』に近いかもしれません。。刺さるか刺さらないかユーザーからの評価は二極化すると思いますが、刺さったときの爆発力は過去一かもしれません。それだけチャレンジングな作品です。私は「マーダーミステリー」というものに強いこだわりがあって、「これはマーダーミステリーではないよね」って言われたら負けだと勝手に思っているので、マーダーミステリーの枠の中で、いろいろな作風にチャレンジをしています。

ーーさきほどの『王府百年』の徹底的な分析もそうですけど、マーダーミステリーに対する強い愛を感じますね。それがかわぐちさんの作風になっているように思います。

かわぐち
推理ゲームって「作者からプレイヤーへの挑戦」って形になりがちで、それ自体は悪いことではないのですが、マーダーミステリーの本質と言いますか、基本的な構造を理解せずに「作者Vs.プレイヤー」に走ってしまうと、どんどんマーダーミステリーからは離れて行ってしまう気がしています。マーダーミステリーはあくまで「プレイヤーVs.プレイヤー」の推理ゲームで、推理したことで勝ち負けがあったり、ストーリーが変化したりなどインセンティブがある。ストーリーと当事者としての推理とゲーム性の融合。マーダーミステリーに食いついたイノベーターやアーリーアダプターの皆さんは、そういった新規性(=新しい組み合わせの妙)に楽しさを見出したんだと思うんです。それこそが、私が『王府百年』から読み取ったり、作品を公演する中で学んだことなんですよね。根幹に気付くことができたことは幸運だったと思います。『王府百年』にはものすごくダイレクトにその可能性を見させてもらえたんです。そういう意味では、まだ『王府百年』には全然敵わないなと思っていて、でもいつか「ここに全てが詰まっている」的な、集大成と呼べる作品を作りたいと思っています。

ーーそのかわぐちさんが得た知見は、ぜひ他の制作者さんにも共有していただきたいですね。

かわぐち
知りたい方がいればいつでも。そんな人いるのかな(笑)まだまだ日本のマーダーミステリーは、もっと上を目指せる、高い峰があると思うんです。理想としている峰は本当に高い。私は今の自分では超えられていないと思っていて、それがモチベーションになっているんです。私がマーダーミステリーを作る際は、プレイヤーに何を楽しませたいのか?強調すべきはどの部分か?推理が機能しているか?簡単すぎる、或いは難し過ぎて犯人や推理側にアンフェアになっていないか?情報の拡散と収束が適切か?などなど、そういったことを1つ1つ意識して一歩一歩峰に近付ければいいなと思っています。

ーー結構細かく確認しているんですね。テストプレイでそういった箇所を何度もチェックしているんでしょうか?

かわぐち
実はテストプレイは多くやらないです。やっても2回くらい。テストプレイをあまりやらない理由は、結局、テストプレイはやればやるほど「ブレる」んです。当たり前ですが、意見を全て取り入れたら破綻します。故に、多くの意見から本当に必要なものを取捨選択する必要があってそれが一番難しいんです。なので、私は出来る限りプレイヤーの動向を想定し、事前に計算して組んで行きます。基本、テストプレイは出来上がったものが想定通りに機能しているかの検証作業です。あまり想定外のことは起きないですが、たまに気付かされることはありますね。「そういう解釈もできるな!」と。最高に楽しい瞬間です。基本は検証作業ですが、プレイヤーの意見も面白くなりそうなら採択します。

ーーこれは他のマーダーミステリー制作者さんたちにも参考になりそうな作り方ですね。最後にマーダーミステリー業界全体について何か思うところなどあればお願いします。

かわぐち
最近、特に思うことなのですが、マーダーミステリーじゃないものはマーダーミステリーって言わない方が得だよ?と思います。マーダーミステリーと言っておきながらゲーム的にはマーダーミステリーではなく、作者のストーリーを追体験させるだけのものとかあるんですよね。それが悪いとは言わないのですが、マーダーミステリーのゲーム性を期待してプレイした人からは不満が出てしまいます。マッチングの問題で、それって悲劇ですよね。作者さんは、自分でちょっとでもマーダーミステリーと違うかもと思ったら、ストーリープレイングとか、違うジャンル名にした方が正解だと思っています。マーダーミステリーのイメージは先人たちが築き上げてきたので、マーダーミステリーを齟齬なく作りたいなら、一度昔の名作をしっかり勉強して、マーダーミステリーの本質を追求したほうがいいと思います。ユーザーに迷惑をかけないために、もちろん、自らの作品を100%楽しんでもらうためにも、そこは矜持を持ってほしいなと思います。説教臭くなってすみません(笑)

ーーいえいえ(笑)かわぐちさんの熱い想いが伝わってきました。今日は本当にありがとうございました。