長池治生
エンディングB(犯人または場所を誤った場合)
じんじんと熱の残る拳を握り締め、俺はその場から動けずにいた。
『犯人を追い詰めて殺す病』
一色の呟きは、俺の耳に届いていた。どういうカラクリか知らないが、本当のことなのだろうと勘が告げた。
「俺以外の誰かに、殺してなんかやるもんかよ」
真田由佳の死を見届け。懺悔の手紙を読んだところで――。
まだ、俺の中での真実は決着がついてはいないのだと、そう思った。
もしかしたら、どんな謎が解かれようと、決着することなど一生ないのかもしれない。
「何をやっている! 無抵抗の犯人を殴り飛ばすとは!」
雨宮からの叱責に、素直に頭を下げる。
まっすぐな正義感を宿し、凛とした目で前を向く、少しだけアヤメに似た彼女に、部下として迷惑をかけてしまうことは、申し訳ないと思う。
「悪かった。あと、悪いついでなんだが……」
「東新宿の倉庫での件だな」
雨宮は、綺麗な眉を益々寄せて渋面を作る。
「呆れたやつだ。なぜ最初に言わなかった」
「言ったら迷惑かけるだろうに」
「それでも、あの馬鹿なら先に言う」
もう慣れたと言わんばかりに吐き捨てて、チラと示した視線の先には、相変わらず大袈裟なリアクションで騒いでいる一色がいた。
「そうか、お前も大変だなぁ」
「他人事みたいに言うな! ベテランとして若手の指導は責務だろう!」
どん、と胸を小突いて去っていく上司を敬礼で見送る。
どんな処罰が下っても、辞職させる気のなさそうな言い様が潔い。
「大変だなぁ……」
自らの正義に従って行動を躊躇わない、そんな人間ばかりのこの場が名残惜しくて。
俺は拳を握ったまま、まだその場に立ち続けていた。
もう一つのエンディング
~鴨乃橋ロン&一色都々丸~
捕りものを終えたモニタールーム。
気の緩む間もなく、証拠の保全のために捜査員たちが忙しなく行き交い始めた。正気を取り戻したロンが、苦し気に頭を振って駆け寄ってくる。
「どうなった? 無事か?」
「ああ。犯人はちゃんと生きてるよ。いま、パトカーまで運ばれてったとこ」
ロンは安堵したように息を吐いたが、依然として険しい表情を崩さない。そのことに少し困惑してから、一色は気付いたように頷いた。両手をひらりと振って、怪我などしてない、とアピールする。
「全員無事だよ。みんなが犯人を取り押さえるのに協力してくれたんだ。真神さんって柔道得意だったんだなぁ。ああ、あと、長池さんの見事なアッパーカット! お前にも見せてやりたかったよ。それから依能さんが……」
混ぜっ返す気もなさそうに大人しく話を聞いているロンの様子に、一色は首をかしげる。
「……どうかしたのか? 今日って、お前にしちゃ大人しかった気がして」
傍若無人でワガママで、世界中の難事件は自分のものと言わんばかりの変態的な推理好き。いつだって自由奔放に捜査をとっ散らかすロンが、今日は終始会議につきあっていたことも意外だった。
「トト、君が言ったろ? 犯人はなんでこんな問題作ったのかって」
「ああ、そういえば」
「家宅捜索の直前に証拠品の一部を犯人が持ち去ったことを考えれば、殺人の動機は口封じ――証拠隠滅だろうと察しがついた」
「うーん。それなら、自分の痕跡を残してわざわざ謎を残すのっておかしいよな」
「そう。かく乱のためのただの目くらましか、解かせる過程に犯人が何かを仕掛けているのか、出方をうかがって待っていたんだ」
最初はね、とロンが一言添える。
「謎を解くために、犯人たり得る人間にしかわからない情報が求められ、情報を持つ人間が口を滑らせる。謎自体が、犯人の罠だったんだ」
「つまり、依能さんが犯人として疑われるように?」
――殺人の罪は依能秀二に被せられたら面白い。
確かに宇野はそう言っていた。
「でも、犯人の思う通りにはならなかった。スケープゴートは、犯人に陥れられることはなく、仲間と協力して謎を解ききったんだ」
依能の周りに集って何事か話している刑事たちを眺めるロンの顔。
前髪に遮られて見えないけれど、たぶん、その目は柔らかく細められてるんだろう。
「彼らの推理は中々面白かったよ」
「そっか。良かったな」
学生時代のロンの周りには、世界中から優秀な頭脳が集っていたはずだ。
けれど、当時のロンは圧倒的な才能で他を寄せ付けず、自分より劣るとみなした相手を顧みることはなかった。
(そんなロンが……変わったよなぁ)
いつからだったろう。
――トト、君はどう思う?
そんな風に訊かれるようになったのは。
ロンの明晰な頭脳なら、独りでも、もっと早くに真相へ辿り着いていたのかもしれない。だけど、今日のロンはまるで周囲を導くみたいに、“解かせよう”としていた気がする。
(まだまだ、ロンの推理には追い付けないけど……)
ロンのパートナーとして、自分にできることはまだあるはずだと、少しだけ手ごたえを感じてこぶしを握る。
「それで次の事件は!? 密室かな? 変死体かな? もっと胸躍る大がかりな難事件を持ってきてくれ」
「おかわりかよ! 大体、大がかりって……」
「密室の中に密室を作ってそれを密室にするとか」
「密室のマトリョーシカ!?」
次の事件では、今日よりもっと。
一緒に変わっていけたらいい。