依能秀二
エンディングA(犯人・場所ともに正解の場合)

「14時10分、被疑者、宇野順平を確保しました」
「そうか。よくやった」

気絶から意識を取り戻した宇野をパトカーに連行し、翡翠刑事に電話で報告をする。
自分の失態が白日の元に晒されて確定しても、翡翠刑事の声色は変わらない。

「……翡翠刑事は早くから気づいていましたよね、僕のしたこと」

常に冷静で誰にでも公平に厳しい。そんな印象のある人だが、付き合ってみればすぐにわかった。彼は情に厚いし、存外顔に出る。

僕の疑惑が深まるたび、真剣に眉根を寄せていた上司の顔を思い出す。
僕を見るその視線には、疑念よりも心配が滲んでいたことに、僕は気づいていた。
一色刑事から内密に犯人と作戦を伝えられるまで、気づいたことを何も言わずに、口をつぐんでいたことにも。

「どうして咎めなかったんですか」

許されざる失態を、僕はいくつも犯したのに。

「自分の家族の行いが看過できなかったお前の正義感にも、内部から告発せず正々堂々と警察に身を置いた清廉さにも、曇りのないことがオレには見えていたからな」

誰だそれは。僕はそんな人間じゃないと喚きそうになって、飲み込む。
嫌っていたはずの価値観で自分を見失い、僕は過ちを犯したのだから。

「ご慧眼です」
「ああ。『慧眼のカワセミ』だからな」

冗談めかして答えると、本気なのかわからないセリフで返された。

「優しさから部下を庇ったと考えたなら、それは違う。罪は罪だ。然るべき時に裁くものと心得ている。真面目な人間も道を違えてしまう事がある。だが、それはやり直せる。これから正しく罪を追い、償えるだろう。……帰りを待っている」

それは、愛知県警へ報告へ戻るという意味だけではないと、期待してもいいのだろうか。
もしも機会があるならば、自分に足りなかったものを学んで返したいと思う。

全てを見抜く慧眼も、全てを解き明かす推理力も、自分には持ち得なかったとしても。
ただ真っ直ぐに困難に向かい、愚直に努力する真神と一色刑事を見て、まだ自分はここで何かをしたいのだと、そう思った。

もう一つのエンディング
~鴨乃橋ロン&一色都々丸~

捕りものを終えたモニタールーム。
気の緩む間もなく、証拠の保全のために捜査員たちが忙しなく行き交い始めた。正気を取り戻したロンが、苦し気に頭を振って駆け寄ってくる。

「どうなった? 無事か?」
「ああ。犯人はちゃんと生きてるよ。いま、パトカーまで運ばれてったとこ」

ロンは安堵したように息を吐いたが、依然として険しい表情を崩さない。そのことに少し困惑してから、一色は気付いたように頷いた。両手をひらりと振って、怪我などしてない、とアピールする。

「全員無事だよ。みんなが犯人を取り押さえるのに協力してくれたんだ。真神さんって柔道得意だったんだなぁ。ああ、あと、長池さんの見事なアッパーカット! お前にも見せてやりたかったよ。それから依能さんが……」

混ぜっ返す気もなさそうに大人しく話を聞いているロンの様子に、一色は首をかしげる。

「……どうかしたのか? 今日って、お前にしちゃ大人しかった気がして」

傍若無人でワガママで、世界中の難事件は自分のものと言わんばかりの変態的な推理好き。いつだって自由奔放に捜査をとっ散らかすロンが、今日は終始会議につきあっていたことも意外だった。

「トト、君が言ったろ? 犯人はなんでこんな問題作ったのかって」
「ああ、そういえば」
「家宅捜索の直前に証拠品の一部を犯人が持ち去ったことを考えれば、殺人の動機は口封じ――証拠隠滅だろうと察しがついた」
「うーん。それなら、自分の痕跡を残してわざわざ謎を残すのっておかしいよな」
「そう。かく乱のためのただの目くらましか、解かせる過程に犯人が何かを仕掛けているのか、出方をうかがって待っていたんだ」

最初はね、とロンが一言添える。

「謎を解くために、犯人たり得る人間にしかわからない情報が求められ、情報を持つ人間が口を滑らせる。謎自体が、犯人の罠だったんだ」
「つまり、依能さんが犯人として疑われるように?」

――殺人の罪は依能秀二に被せられたら面白い。
確かに宇野はそう言っていた。

「でも、犯人の思う通りにはならなかった。スケープゴートは、犯人に陥れられることはなく、仲間と協力して謎を解ききったんだ」

依能の周りに集って何事か話している刑事たちを眺めるロンの顔。
前髪に遮られて見えないけれど、たぶん、その目は柔らかく細められてるんだろう。

「彼らの推理は中々面白かったよ」
「そっか。良かったな」

学生時代のロンの周りには、世界中から優秀な頭脳が集っていたはずだ。
けれど、当時のロンは圧倒的な才能で他を寄せ付けず、自分より劣るとみなした相手を顧みることはなかった。

(そんなロンが……変わったよなぁ)

いつからだったろう。

――トト、君はどう思う?

そんな風に訊かれるようになったのは。

ロンの明晰な頭脳なら、独りでも、もっと早くに真相へ辿り着いていたのかもしれない。だけど、今日のロンはまるで周囲を導くみたいに、“解かせよう”としていた気がする。

(まだまだ、ロンの推理には追い付けないけど……)

ロンのパートナーとして、自分にできることはまだあるはずだと、少しだけ手ごたえを感じてこぶしを握る。

「それで次の事件は!? 密室かな? 変死体かな? もっと胸躍る大がかりな難事件を持ってきてくれ」
「おかわりかよ! 大体、大がかりって……」
「密室の中に密室を作ってそれを密室にするとか」
「密室のマトリョーシカ!?」

次の事件では、今日よりもっと。
一緒に変わっていけたらいい。