真神蛍子
エンディングB(犯人または場所を誤った場合)
もう少しで、誤った人間に殺人の罪を着せてしまうところでした。
自分の至らなさが悔しくて、唇をかむ。
私はやっぱり、名刑事になんてなれないです。
「封筒、渡せてよかったな!」
一色先輩に声をかけられて、振り返る。
「真神さんがいなかったら、捨てられてただろ?」
確かにあの手紙は、事件解決への手がかりの一つになったと思います。
けれど……。
「一色先輩なら、あの封筒がなくても犯人に辿り着いたはずです」
うーーーん、と呻きながら、先輩が柔らかなくせっ毛をかき回す。困ったときのクセなのかもしれません。
「僕だけじゃ解決できないよ、推理するのはロンのやつだし。でも、オレがいなきゃあいつは困る。それに今日は君がいたから……」
ちら、と目配せをする。慌ただしい現場の片隅で、長池さんが静かに目を閉じ、スーツの胸元を押さえていました。
きっと、内ポケットには、あの手紙が入っているのでしょう。
「長池さんが手紙を読めて良かった」
――アヤメ先輩の真実を証明したい。
警察官を志したきっかけを思い出して、胸が熱くなりました。
「私も、読めてよかったです」
取りこぼしたかもしれないささやかなものが、ほんの一つでも拾えるならば。
何度失敗しても諦めず、一色先輩がもがいた先にあるひとかけらが、最後のピースとして名探偵の推理を助けるみたいに。
何度間違えても、寄り添ってくれる人がいる限り、私でもここにいても良いのかもしれない。
少しだけ、そんな風に思えました。
もう一つのエンディング
~鴨乃橋ロン&一色都々丸~
捕りものを終えたモニタールーム。
気の緩む間もなく、証拠の保全のために捜査員たちが忙しなく行き交い始めた。正気を取り戻したロンが、苦し気に頭を振って駆け寄ってくる。
「どうなった? 無事か?」
「ああ。犯人はちゃんと生きてるよ。いま、パトカーまで運ばれてったとこ」
ロンは安堵したように息を吐いたが、依然として険しい表情を崩さない。そのことに少し困惑してから、一色は気付いたように頷いた。両手をひらりと振って、怪我などしてない、とアピールする。
「全員無事だよ。みんなが犯人を取り押さえるのに協力してくれたんだ。真神さんって柔道得意だったんだなぁ。ああ、あと、長池さんの見事なアッパーカット! お前にも見せてやりたかったよ。それから依能さんが……」
混ぜっ返す気もなさそうに大人しく話を聞いているロンの様子に、一色は首をかしげる。
「……どうかしたのか? 今日って、お前にしちゃ大人しかった気がして」
傍若無人でワガママで、世界中の難事件は自分のものと言わんばかりの変態的な推理好き。いつだって自由奔放に捜査をとっ散らかすロンが、今日は終始会議につきあっていたことも意外だった。
「トト、君が言ったろ? 犯人はなんでこんな問題作ったのかって」
「ああ、そういえば」
「家宅捜索の直前に証拠品の一部を犯人が持ち去ったことを考えれば、殺人の動機は口封じ――証拠隠滅だろうと察しがついた」
「うーん。それなら、自分の痕跡を残してわざわざ謎を残すのっておかしいよな」
「そう。かく乱のためのただの目くらましか、解かせる過程に犯人が何かを仕掛けているのか、出方をうかがって待っていたんだ」
最初はね、とロンが一言添える。
「謎を解くために、犯人たり得る人間にしかわからない情報が求められ、情報を持つ人間が口を滑らせる。謎自体が、犯人の罠だったんだ」
「つまり、依能さんが犯人として疑われるように?」
――殺人の罪は依能秀二に被せられたら面白い。
確かに宇野はそう言っていた。
「でも、犯人の思う通りにはならなかった。スケープゴートは、犯人に陥れられることはなく、仲間と協力して謎を解ききったんだ」
依能の周りに集って何事か話している刑事たちを眺めるロンの顔。
前髪に遮られて見えないけれど、たぶん、その目は柔らかく細められてるんだろう。
「彼らの推理は中々面白かったよ」
「そっか。良かったな」
学生時代のロンの周りには、世界中から優秀な頭脳が集っていたはずだ。
けれど、当時のロンは圧倒的な才能で他を寄せ付けず、自分より劣るとみなした相手を顧みることはなかった。
(そんなロンが……変わったよなぁ)
いつからだったろう。
――トト、君はどう思う?
そんな風に訊かれるようになったのは。
ロンの明晰な頭脳なら、独りでも、もっと早くに真相へ辿り着いていたのかもしれない。だけど、今日のロンはまるで周囲を導くみたいに、“解かせよう”としていた気がする。
(まだまだ、ロンの推理には追い付けないけど……)
ロンのパートナーとして、自分にできることはまだあるはずだと、少しだけ手ごたえを感じてこぶしを握る。
「それで次の事件は!? 密室かな? 変死体かな? もっと胸躍る大がかりな難事件を持ってきてくれ」
「おかわりかよ! 大体、大がかりって……」
「密室の中に密室を作ってそれを密室にするとか」
「密室のマトリョーシカ!?」
次の事件では、今日よりもっと。
一緒に変わっていけたらいい。