真神蛍子
エンディングA(犯人・場所ともに正解の場合)

「一色先輩!」

気絶から意識を取り戻した犯人が運ばれていく喧騒の中で、興奮を隠せないまま声を上げます。
喜びを分かち合いたいと探した相手の背中を見て、私は歩みを止めました。

事件を解決した時、先輩が真っ先に見ていたのは、彼が親しげにロンと呼ぶ謎の人。当たり前のように話すお互いの様子を見て、理解しました。
これまでの事件もああやって、二人で解決してきたのでしょう。

「失敗」の大先輩は、一人で名刑事に変わったわけではなかったのです。
カチリと歯車が噛み合うように、誰かと誰かが手を取り合って。
そうして成長できるなら、素敵なことです。私にもそんな相手がいれば良いのですが……。

ドジばかりの私の人生で、一番成長を感じられたことといえば、「奇跡」と言われた警察学校の卒業式でしょうか。
あの時は、依能さんが私を助けてくれました。
喧騒と興奮の冷めやらぬ現場で依能さんを探すと、彼は電話で翡翠刑事に報告をしていたようです。流石、隙のない優秀さです。
翡翠さんへの電話を切ると、依能さんは私に目を向けました。

「あの、依能さん……また私に色々教えてくれませんか?」

一色先輩は、翡翠先輩に勉強を教えてもらっていると聞きました。愛知と東京で離れていても、学べることはあるはずです。書類の書き方とか書類の書き方とか書類の書き方とか。

依能さんは困ったように私を見て、「機会があれば」と言ってくれました。彼にしては、まずまずの返事と言えるでしょう。

「真神、改めて礼を言わせてくれ」

声をかけられて振り向くと、長池先輩でした。犯人を殴り飛ばして雨宮先輩に叱られていたようですが、何だかすっきりしたお顔です。
スーツの胸ポケットから内野様宛ての封筒を取り出して、ある仮説を教えてくれました。
私が目標とするアヤメ先輩が信頼し、目標としていた刑事さんは「内野」ではなく、長池さんの事なのかもしれません。
ということは、私にとってはつまり、目標の目標ということ。

「これからもご指導よろしくお願いします!」

長池先輩は目を丸くして、「こりゃ益々辞められないな」と笑いました。辞める? 何のことでしょうか?

アヤメ先輩の真実を証明したい。
警察官を志したきっかけを、きちんと果たせた私です。

アヤメ先輩のような、正義感と優しさを持ち合わせ、道に迷った誰かを真っ直ぐ救いに行けるような――そんな素敵な女性になりたいという夢も、きっと果たせることでしょう。

もう一つのエンディング
~鴨乃橋ロン&一色都々丸~

捕りものを終えたモニタールーム。
気の緩む間もなく、証拠の保全のために捜査員たちが忙しなく行き交い始めた。正気を取り戻したロンが、苦し気に頭を振って駆け寄ってくる。

「どうなった? 無事か?」
「ああ。犯人はちゃんと生きてるよ。いま、パトカーまで運ばれてったとこ」

ロンは安堵したように息を吐いたが、依然として険しい表情を崩さない。そのことに少し困惑してから、一色は気付いたように頷いた。両手をひらりと振って、怪我などしてない、とアピールする。

「全員無事だよ。みんなが犯人を取り押さえるのに協力してくれたんだ。真神さんって柔道得意だったんだなぁ。ああ、あと、長池さんの見事なアッパーカット! お前にも見せてやりたかったよ。それから依能さんが……」

混ぜっ返す気もなさそうに大人しく話を聞いているロンの様子に、一色は首をかしげる。

「……どうかしたのか? 今日って、お前にしちゃ大人しかった気がして」

傍若無人でワガママで、世界中の難事件は自分のものと言わんばかりの変態的な推理好き。いつだって自由奔放に捜査をとっ散らかすロンが、今日は終始会議につきあっていたことも意外だった。

「トト、君が言ったろ? 犯人はなんでこんな問題作ったのかって」
「ああ、そういえば」
「家宅捜索の直前に証拠品の一部を犯人が持ち去ったことを考えれば、殺人の動機は口封じ――証拠隠滅だろうと察しがついた」
「うーん。それなら、自分の痕跡を残してわざわざ謎を残すのっておかしいよな」
「そう。かく乱のためのただの目くらましか、解かせる過程に犯人が何かを仕掛けているのか、出方をうかがって待っていたんだ」

最初はね、とロンが一言添える。

「謎を解くために、犯人たり得る人間にしかわからない情報が求められ、情報を持つ人間が口を滑らせる。謎自体が、犯人の罠だったんだ」
「つまり、依能さんが犯人として疑われるように?」

――殺人の罪は依能秀二に被せられたら面白い。
確かに宇野はそう言っていた。

「でも、犯人の思う通りにはならなかった。スケープゴートは、犯人に陥れられることはなく、仲間と協力して謎を解ききったんだ」

依能の周りに集って何事か話している刑事たちを眺めるロンの顔。
前髪に遮られて見えないけれど、たぶん、その目は柔らかく細められてるんだろう。

「彼らの推理は中々面白かったよ」
「そっか。良かったな」

学生時代のロンの周りには、世界中から優秀な頭脳が集っていたはずだ。
けれど、当時のロンは圧倒的な才能で他を寄せ付けず、自分より劣るとみなした相手を顧みることはなかった。

(そんなロンが……変わったよなぁ)

いつからだったろう。

――トト、君はどう思う?

そんな風に訊かれるようになったのは。

ロンの明晰な頭脳なら、独りでも、もっと早くに真相へ辿り着いていたのかもしれない。だけど、今日のロンはまるで周囲を導くみたいに、“解かせよう”としていた気がする。

(まだまだ、ロンの推理には追い付けないけど……)

ロンのパートナーとして、自分にできることはまだあるはずだと、少しだけ手ごたえを感じてこぶしを握る。

「それで次の事件は!? 密室かな? 変死体かな? もっと胸躍る大がかりな難事件を持ってきてくれ」
「おかわりかよ! 大体、大がかりって……」
「密室の中に密室を作ってそれを密室にするとか」
「密室のマトリョーシカ!?」

次の事件では、今日よりもっと。
一緒に変わっていけたらいい。