長池治生
エンディングA(犯人・場所ともに正解の場合)
「何をやっている! 無抵抗の犯人を殴り飛ばすとは!」
雨宮からの当然の叱責に、背筋を伸ばして敬礼する。
「はっ! 処分は如何様にも受ける所存です」
当然、処分を受けるべき事柄は、これだけではない。
事件にカタがついた以上、東新宿の倉庫での自分の行いを明らかにし、正しく処罰されるべきだ。
自分はもう捜査一課にはいられないだろうが、長い刑事人生に幕を下ろしても悔いはなかった。
ただ――
まっすぐな正義感を宿して、凛とした目で前を向く、この女性刑事を静かに見返す。
少しだけアヤメに似た彼女に、部下として迷惑をかけてしまうことが心残りだ。
「雨宮、すまなかった。俺は――」
「いい、言うな。私はあのカスより優しい上司だからな。優秀な部下は捜査一課に必要だ。始末書はベテランの年の功でなんとかしろ。……待っている」
翡翠刑事が以前、部下の失態でしばらく立場を悪くした時のことを思い出した。
何がなんでも彼と張り合おうとする――そういうことにしてくれる彼女に、再び敬礼を返す。
「暴対から引き続き連絡が来た。『ケルベロス』は完成するまでに多くの試薬をバラまいていたらしい。3年前に歌舞伎町界隈で出回ったレイプドラッグもその一つだと。だから――」
どん、と拳で胸を突かれた。
その仕草が健闘を讃えるボクサーのようで勇ましく、軽く笑う。
連行される犯人とともにパトカーに乗り込む上司を見送り、敬礼を解いた。
スーツの上から、胸ポケットに忍ばせた手紙を押さえる。
手紙の宛先は「内野」で、本来なら俺へと届くはずがなかったこの手紙。
手紙には、アヤメが友人へと語った言葉がつづられていた。
「内野がきっと助けてくれるから。あの人は信頼していい人だから」
内野という警察官の知り合いは居なかった。なら、アヤメの言っていたことは――
「うちの父親」というつもりの「うちの」。
家族を指した言葉を、真田が苗字だと勘違いしていたのではないか。
真神が、こちらを伺っているのに気がついた。
この手紙を、俺のもとへ届けてくれたことに感謝する。
自らの正義に従って、行動を躊躇わなかったアヤメ。
そうであることを俺の姿にも見出して、信じてくれていた俺の娘。
その志は変わることなく、この場の誰にも息づいている。
今度こそ守れるように。
許されるならまだ少しここにいたい――そう思えた。
もう一つのエンディング
~鴨乃橋ロン&一色都々丸~
捕りものを終えたモニタールーム。
気の緩む間もなく、証拠の保全のために捜査員たちが忙しなく行き交い始めた。正気を取り戻したロンが、苦し気に頭を振って駆け寄ってくる。
「どうなった? 無事か?」
「ああ。犯人はちゃんと生きてるよ。いま、パトカーまで運ばれてったとこ」
ロンは安堵したように息を吐いたが、依然として険しい表情を崩さない。そのことに少し困惑してから、一色は気付いたように頷いた。両手をひらりと振って、怪我などしてない、とアピールする。
「全員無事だよ。みんなが犯人を取り押さえるのに協力してくれたんだ。真神さんって柔道得意だったんだなぁ。ああ、あと、長池さんの見事なアッパーカット! お前にも見せてやりたかったよ。それから依能さんが……」
混ぜっ返す気もなさそうに大人しく話を聞いているロンの様子に、一色は首をかしげる。
「……どうかしたのか? 今日って、お前にしちゃ大人しかった気がして」
傍若無人でワガママで、世界中の難事件は自分のものと言わんばかりの変態的な推理好き。いつだって自由奔放に捜査をとっ散らかすロンが、今日は終始会議につきあっていたことも意外だった。
「トト、君が言ったろ? 犯人はなんでこんな問題作ったのかって」
「ああ、そういえば」
「家宅捜索の直前に証拠品の一部を犯人が持ち去ったことを考えれば、殺人の動機は口封じ――証拠隠滅だろうと察しがついた」
「うーん。それなら、自分の痕跡を残してわざわざ謎を残すのっておかしいよな」
「そう。かく乱のためのただの目くらましか、解かせる過程に犯人が何かを仕掛けているのか、出方をうかがって待っていたんだ」
最初はね、とロンが一言添える。
「謎を解くために、犯人たり得る人間にしかわからない情報が求められ、情報を持つ人間が口を滑らせる。謎自体が、犯人の罠だったんだ」
「つまり、依能さんが犯人として疑われるように?」
――殺人の罪は依能秀二に被せられたら面白い。
確かに宇野はそう言っていた。
「でも、犯人の思う通りにはならなかった。スケープゴートは、犯人に陥れられることはなく、仲間と協力して謎を解ききったんだ」
依能の周りに集って何事か話している刑事たちを眺めるロンの顔。
前髪に遮られて見えないけれど、たぶん、その目は柔らかく細められてるんだろう。
「彼らの推理は中々面白かったよ」
「そっか。良かったな」
学生時代のロンの周りには、世界中から優秀な頭脳が集っていたはずだ。
けれど、当時のロンは圧倒的な才能で他を寄せ付けず、自分より劣るとみなした相手を顧みることはなかった。
(そんなロンが……変わったよなぁ)
いつからだったろう。
――トト、君はどう思う?
そんな風に訊かれるようになったのは。
ロンの明晰な頭脳なら、独りでも、もっと早くに真相へ辿り着いていたのかもしれない。だけど、今日のロンはまるで周囲を導くみたいに、“解かせよう”としていた気がする。
(まだまだ、ロンの推理には追い付けないけど……)
ロンのパートナーとして、自分にできることはまだあるはずだと、少しだけ手ごたえを感じてこぶしを握る。
「それで次の事件は!? 密室かな? 変死体かな? もっと胸躍る大がかりな難事件を持ってきてくれ」
「おかわりかよ! 大体、大がかりって……」
「密室の中に密室を作ってそれを密室にするとか」
「密室のマトリョーシカ!?」
次の事件では、今日よりもっと。
一緒に変わっていけたらいい。