依能秀二
エンディングB(犯人または場所を誤った場合)

――しくじった。

規則を破ってまで手がかりを欲したことは、逆に犯人に利用され、警察内部の情報を流すことになってしまった。
挙句、自分が疑われたくないばかりに、無関係の人物に罪を着せようとまでした。
内臓からどす黒い何かが込み上げてくるような不快感に、唾を飲む。

震える手で、翡翠刑事に電話をかけた。
「よくやった」
自分の失態が白日の元に晒されても、何も変わらない翡翠刑事の声色。

「どうして咎めなかったんですか。もっと早くから、気づいていたんじゃないんですか」
今ならわかる。手本製菓の捜査チームから僕を外したのは、誰の手柄にするかとか、そんなことじゃない。僕の過ちが露見しないための、彼の手心だったのだ。

「……白状すると、私がお前を追い詰めてしまったのかと考えた。また同じ失態を繰り返してしまったのかと。功を焦って暴走するお前を止められなかった責任は私にある」

また、と口にした言葉に、常にない苦しさを滲ませて、翡翠刑事は言った。

「だが、違ったな。見栄を張りたい同期がいると難儀するものだ――お互いに」

笑い含みの憶測に、それは違うと叫びそうになって思いとどまる。
あの真神に対して思うところがなかったとは言い切れないのだし、今回あれがあれなりに捜査に貢献したことは否定しきれず、従って、真神の評価に関して僕が考えるに――

「規律に違反したことには、相応に処分を下す。指導するから覚悟しておくように」
「はい」

混迷する思考の海から叱責で呼び戻されて、電話を切る。
視線を感じて振り向くと、いつものちょっと困った顔で真神がこちらを見ていた。
また何か頼まれるのかもしれない。正直、こっちはそれどころじゃないんだが。

不意に馬鹿馬鹿しくなって、思い切り息を吐き出した。

「警視庁のエース」があの不器用でひたむきな一色刑事なら、僕には考え直すべきところが多くある。
それを、真神に尋ねてみてもいいかもしれない。
少なくとも、始末書の書き方と頭の下げ方については、真神の方がベテランだろう。

もしもまだ、機会が与えられるならば、次こそは。

もう一つのエンディング
~鴨乃橋ロン&一色都々丸~

捕りものを終えたモニタールーム。
気の緩む間もなく、証拠の保全のために捜査員たちが忙しなく行き交い始めた。正気を取り戻したロンが、苦し気に頭を振って駆け寄ってくる。

「どうなった? 無事か?」
「ああ。犯人はちゃんと生きてるよ。いま、パトカーまで運ばれてったとこ」

ロンは安堵したように息を吐いたが、依然として険しい表情を崩さない。そのことに少し困惑してから、一色は気付いたように頷いた。両手をひらりと振って、怪我などしてない、とアピールする。

「全員無事だよ。みんなが犯人を取り押さえるのに協力してくれたんだ。真神さんって柔道得意だったんだなぁ。ああ、あと、長池さんの見事なアッパーカット! お前にも見せてやりたかったよ。それから依能さんが……」

混ぜっ返す気もなさそうに大人しく話を聞いているロンの様子に、一色は首をかしげる。

「……どうかしたのか? 今日って、お前にしちゃ大人しかった気がして」

傍若無人でワガママで、世界中の難事件は自分のものと言わんばかりの変態的な推理好き。いつだって自由奔放に捜査をとっ散らかすロンが、今日は終始会議につきあっていたことも意外だった。

「トト、君が言ったろ? 犯人はなんでこんな問題作ったのかって」
「ああ、そういえば」
「家宅捜索の直前に証拠品の一部を犯人が持ち去ったことを考えれば、殺人の動機は口封じ――証拠隠滅だろうと察しがついた」
「うーん。それなら、自分の痕跡を残してわざわざ謎を残すのっておかしいよな」
「そう。かく乱のためのただの目くらましか、解かせる過程に犯人が何かを仕掛けているのか、出方をうかがって待っていたんだ」

最初はね、とロンが一言添える。

「謎を解くために、犯人たり得る人間にしかわからない情報が求められ、情報を持つ人間が口を滑らせる。謎自体が、犯人の罠だったんだ」
「つまり、依能さんが犯人として疑われるように?」

――殺人の罪は依能秀二に被せられたら面白い。
確かに宇野はそう言っていた。

「でも、犯人の思う通りにはならなかった。スケープゴートは、犯人に陥れられることはなく、仲間と協力して謎を解ききったんだ」

依能の周りに集って何事か話している刑事たちを眺めるロンの顔。
前髪に遮られて見えないけれど、たぶん、その目は柔らかく細められてるんだろう。

「彼らの推理は中々面白かったよ」
「そっか。良かったな」

学生時代のロンの周りには、世界中から優秀な頭脳が集っていたはずだ。
けれど、当時のロンは圧倒的な才能で他を寄せ付けず、自分より劣るとみなした相手を顧みることはなかった。

(そんなロンが……変わったよなぁ)

いつからだったろう。

――トト、君はどう思う?

そんな風に訊かれるようになったのは。

ロンの明晰な頭脳なら、独りでも、もっと早くに真相へ辿り着いていたのかもしれない。だけど、今日のロンはまるで周囲を導くみたいに、“解かせよう”としていた気がする。

(まだまだ、ロンの推理には追い付けないけど……)

ロンのパートナーとして、自分にできることはまだあるはずだと、少しだけ手ごたえを感じてこぶしを握る。

「それで次の事件は!? 密室かな? 変死体かな? もっと胸躍る大がかりな難事件を持ってきてくれ」
「おかわりかよ! 大体、大がかりって……」
「密室の中に密室を作ってそれを密室にするとか」
「密室のマトリョーシカ!?」

次の事件では、今日よりもっと。
一緒に変わっていけたらいい。