愚者

人間だとばれておらず
平穏を望んだ

あなたは平穏を選んだ。それは人間であることがばれていないからこその決断だった。

あなたは自らを改造しアンドロイドの1体として、他の者たちと同じように図書館棟の部品として過ごすのだ。「法王」も永くはあるまい。あなたが人間であることを知る者は、近い将来誰もいなくなるのだ。そう「隠者」でさえも……。

誰もがあなたのことを忘れてしまう。誰もあなたのことを覚えていてくれない。それは、本当に平穏と言えるのだろうか? いや、他の誰が忘れても、あなただけは忘れない。忘れるわけがない。伴侶との穏やかな日々とたわいもない言い合い。別れを覚悟して握ったときの手の温度……。あなただけは覚えている。だから、これでいいのだ。

あの人がどんな決断をするかは分からない。しかし自分の命が尽きる日まで、人間の世界から隔絶された図書館棟で「隠者」を想い同じ姿で過ごすのは、とても幸せなことだとあなたは思った。

人間だとばれてしまい
平穏を望んだ

あなたは平穏を望んだ。図書館棟に残りたい。あの人がどんな決断をするかは分からない。しかしあなたは「隠者」と過ごした思い出の地を、終(つい)の棲家(すみか)にしたいと、心から望んだのだ。

アンドロイドたちは、願いを聞いてくれるだろうか? 今まで正体を偽ってきたあなたを……。しかしそれは杞憂だった。アンドロイドたちは、みなあなたを受け入れてくれた。図書館棟に残り、この施設の維持管理に尽くすことを選んだあなたは、アンドロイドたちにとっては同胞であり掛け替えのない仲間だったのだ。

人間社会から追われて逃げて来たこの場所は、あなたの第2の故郷となった。アンドロイドたちはあなたの家族も同然だ。あなたは泣きながら笑った。あなたが求め続けた魂(アニマ)の平穏はここにあったのだと、心から想うことができたのだった。

人間だとばれておらず
挑戦を選んだ

あなたは挑戦を望んだ。いや、これは帰還だ。かつて過ごした人間の世界へと舞い戻るのだ。当然の決断と言っていいだろう。

アンドロイドたちはあなたの正体を知らない。あなたが人間であることも、リセットという名の記憶消去がないことも、彼らは何も知らないのだ。微かな罪悪感がチクリとあなたの胸を刺す。

だが、ここにはもうあなたの居場所はない。逃げて逃げて逃げ続けてきた吹き溜まりに、少し長居をし過ぎただけだ。伴侶の死、そして不本意な再会。どれもが悪い夢だったように思う。

いや、悪いことばかりではない。伴侶との、穏やかな日々、たわいもない言い合い、別れを覚悟して握ったときの手の温度……。それらすべてが今のあなたを形づくっているのだ。だから……、これは旅立ちなのだ。

あの人がどのような決断をするのかは分からない。しかしあなたは逃避でもなく、苦渋でもなく、決意をもって偉大なる一歩を踏み出すのだった。

人間だとばれてしまい
挑戦を選んだ

あなたは挑戦を選んだ。いや、これは逃亡だ。また、あなたは逃げるのだ。

アンドロイドたちにあなたの正体を知られてしまった。人間であること、彼らを偽り続けてきたことが、全て露見したのだ。アンドロイドたちが静かにあなたを見おろしている。にらんでいる。さげすんでいる。忌み嫌っている。……。

いや、違う。彼らには、そういった感情はない。そう感じてしまうのは、あなたの心に後ろめたさがあるからだ。他でもない、あなた自身があなたに失望したからだ。

だから、もう旅立たねばならない。伴侶との生活、死、再会。どれも都合のいい夢だったのだ。

あの人もここに残るのだろうか? 残された者は、今日起きたこともいずれ忘れてしまうのだろう。だから、せめてあなただけはすべてを覚えていようと心に誓った。

すべてを忘れず、語り伝えることが、きっと彼らへのつぐないとなるのだと信じて。

ライター:しゃみずい

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